鏡は横にひび割れて      アガサ・クリステイ


ハヤカワ・ミステリ文庫 THE MIRROR CRACK'D FROM SIDE TO SIDE 橋本 福夫 訳 


 「書斎の死体」で舞台となり、今は所有者が有名な映画俳優マリーナ・グレッグになったセント・メアリ・ミード村のゴーシントン・ホールが舞台。ホールがセント・ジョン野戦病院協会の催しに提供され多くの人が集まった。
 協会幹事のヘザー・ハドコック夫人はおしゃべりが好きだが、人の立場を考えないのが欠点。迎えに出たマリーナに「昔、風疹にかかった事がありますの。あなたがお見えになったのでお会いしたくて化粧をしておしかけ、サインをいただきましたのよ。」そのときどういう訳かマリーナは、心ここにあらずと言った様子で、壁に掛かっている幼児を抱いた幸福そうな母親の姿を描いた「ほほえむマドンナ」という絵をぼんやりと眺めていた。ふいに机の上のカクテルグラスが倒れ、ハドコック夫人の新調のドレスを汚した。マリーナはあわてて助け、彼女のグラスを代わりにハドコック夫人に与えた。ところが夫人がそれを飲むと気持ちが悪くなりしばらくして死んでしまった。
 死因はややこしい名前の化学物質だが、鎮静剤カルモーに含まれている物。しかし死者の摂取量は適量の六倍以上だった。この事件に続きマリーナの元に次々と脅迫状が送られてくる。「この次はお前の番だぞ。」そして次々に殺人がおこる。秘書エラ・ジーリンスキーの青酸カリによって毒殺され、深夜ロンドンから戻った下男頭ジュゼッペの射殺される。マリーナはさらに砒素入りコーヒーを飲まされかける。
 ダーモット主任警部等の依頼を受けながらマープルが事件を捜査し始める。しかし遅かった。そのマリーナが睡眠薬の飲み過ぎで死んでしまった。
 「こうするより仕方が無かったのでしょう。彼女は昔からひどく子供をほしがっていました。そしてアメリカで待望の子供を産んだのですが、精白児で、非常に落胆しました。医者は彼女が風疹にかかった事が原因だと告げました。風疹は症状は軽いのですが、妊婦がこれにかかると子供にしばしば障害が出るのです。そしてこの日の催し、得意になって風疹を隠してサインをもらいに来たことを話しているではないですか。懐には常用しているカルモーがあるではないですか。」

 単純な犯罪で、考えようによっては最初から犯人が分かるような感じはするがもって行き方はさすがである。作者は手持ちのカードを一つづつ開けて見せ、考えさせ、読者がじょじょに真実に近づくよう工夫している。また風疹と生まれてくる子供の関係を使った点は非常にユニークだと思う。テニスンの「鏡は横へひび割れぬ 「ああ、呪いが我が身に」と、シャロット姫はさけべり」の歌はもう少し調べて見たい。

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