ハヤカワ・ミステリ文庫 THE BLACK TOWER 小泉 喜美子 訳
悪性の白血病と診断され、死を宣告されていたダルグリッシュ警部は、誤診と告げられ唖然とする。ちょうどドーセットの身体障害者療養所<トレイトン・グレンジ>に勤める旧知のパドリイ神父から「相談したいことがある。」との手紙が届いたので、静養をかねて出かけることにした。ところが彼を待っていたのは、牧師の死亡通知だった。
カテイジにとどまり、様子を探ってみると最近岬でヴィクターという患者が、車椅子ごと転落して死亡している。車椅子を押していたのはデニスという看護夫だが、彼が目を離したほんの一瞬の出来事、もと外交官で会計係のジュリアス・コートも目撃していたという。
患者たちは、経営者のウイルフレッドが奇跡的に病気を治したルールドの水を求めて旅立とうと期待していた。そして患者、看護婦、医師たちの間に渦巻く愛情と憎悪の渦。一方で患者がすくなく経営状況が思わしくないため、完全に売却するか、財団に売却して信託財産にしてもらい、病院を続けるかでもめていた。ダルグリッシュは、犯罪とすればどこに動機があるのか、納得する説明を求めて苦労する。
創立者が黙示録に殉じてみずから閉じこもり、餓死したという崖際にたつ「黒い塔」。その塔で経営者のウイルフレッドが、焼き殺されそうになる。さらに患者の一人が不審な死を遂げる。医師エリックの妻マギーが首を吊り、死んでしまった。地元警察は遺書等から判断して、これを自殺と考え、すべてマギーのせいにして事件を終息しようとしていた。
ダルグリッシュは納得が行かないが、療養所が信託財産になることが決定し、ほとんどがルールドに向けて旅だったのを期に、療養所を去ることを考える。このときになって天恵のように一つのアイデアが浮かんだ。
信託財産になってここで仕事を続けられることになって誰がどんな得をしたのか。そうだ、ルールド行きは、あるものの密輸の隠された箕ではないか。病院はそのあるものを管理・販売するための基地だったのではないか。仮定を確かめるための証拠集めが必要だ。そう考えているとき、敵が先に行動を起こした。銃口が彼につきつけられた。
大変面白い作品だが、小さな証拠の積み重ねから、麻薬密輸という大きな犯罪をかぎ当てるダルグリッシュ警部の推理過程、証拠集めもままならぬうちに敵が正体を暴露してしまうところ、などやや強引なエンデイングが一寸気になる。しかし療養所の生活が丁寧に良く描かれ、人間味あふれている点が素晴らしい。
巻末に訳者が「イギリス生粋のミステリ作家であるが、いわゆる「昔ながらの」イギリス的本格ミステリを嫌悪している。「背中にナイフを刺されて大邸宅の書斎で発見される死体。貴族階級出身の気障な名探偵。外には都合良く雪が降っていて手がかりを消し、警察の捜査はお手上げになるが、名探偵だけはふしぎになんでもお見通し」そういったミステリを彼女は好まない。」と書いているがその通りと思う。事件の背景を十分に調査し、実際の警察の捜査のように泥臭く、小さな事実を積み重ねながら、確実に真実にせまって行く書き方に魅力を感じる。
「黒い塔」メモ
1全快の宣告
病気療養中のダルグリッシュ警部は、病状は問題ないとの宣告を受け、家に戻る。<トレイトン・グレンジ>という私立療養所に勤める知り合いの牧師から「力になってほしいことがあるので来てほしい。」との手紙が届いていた。
2神父の死
出かけると、牧師の住むカテイジは無人。放置された手紙から神父がすでに十一日前に死亡、五日前に埋葬されたと知る。引き出しがこじ開けられ、日記の最新の一冊が無くなっており、嫌らしい牧師の告発状が一通。僧服が、畳んで側に置いてあった。来合わせたエリック医師の妻マギーによれば「この療養所は、ウイルフレッド・アンステイの経営で、彼は病気だったがルールドの水で癒すことに成功したそうだ。牧師は生前最後にグレース・ウイルスンに告解を与え、翌朝ウイルフレッドの姉ミリセントに死体で発見された。心不全という。また最近ヴィクターという患者が、デニス・ラーナーという看護夫と岬を散歩していて車椅子ごと転落して死んだ。詳細はウイルフレッドや会計のジュリアス・コートが知っている。」とのことだ。
ダルグリッシュは、、<トレイトン・グレンジ>を訪問。カテージに泊まらせて暮れるよう頼むと、全員の紹介を受ける。無くなった日記について訪ねるが、ウイルフレッドは大した問題ではないと言う風に退ける。
人間関係を探ると、エリックは、看護婦のレイナーと怪しい関係で彼女がカテージに移ることでもめている。マギーは、あのヴィクターに関心を寄せていたらしい。患者のアーシュラは、ステイーブに惚れられたが、病状は悪くなる一方。そして届けられた図書館の本には嫌らしい手紙。手紙は、ヴィクターが共通のタイプを使ってうったのでは無いかとも考えられるが、女かも知れない。
患者のグレースは牧師が死の直前告解をほどこした女性。辞去した時の様子を聞く。そして彼女にもあの嫌らしい手紙が届いていたことを知った。さらに彼女から、ここの卵が馬鹿に高いことを聞いたり、ヴィクターの転落した岩場を検証する。
3夜の訪問者
ダルグリッシュは、看護夫デニスの案内で園内を見学。ヴィクターが化学の先生をやっていたり、身障者たちが化粧品を作っていることを知る。それから孤独癖の患者ヘンリーと話した。彼は政界の議長役だったが、病魔に犯され、ここに入居を決意、ピーターという少年に教育することを生き甲斐にしていたが、彼がやがて連れ去られ、別の病院で死んだと知ってから沈み込んでいる。翌日の朝食にヘンリーが、ヴィクターの衣服を着てあらわれたときに皆ぎょっとした様子だった。さらにヘンリーも嫌らしい手紙を受け取ったことを知る。状況からダルグリッシュは、ヴィクターの死を殺人ではないか、と考え始める。、
ジュリアス、ヘンリーとの会話で、看護婦のドック・モックソンは、別の病院で患者を殴ってこちらに引き取られたこと、ジェニー・ベグラムテレビで有名だったこと等をしる。さらに嫌らしい手紙が2種類あるらしいと考え始める。
4恐怖の浜
ダルグリッシュに、下働きのフィルビイは実に無愛想だった。何となく怪しい男だ。看護婦のヘレン・レイナーが、カテイジの部屋にやってきておしゃべりを始めた。彼女はパドリイ神父が亡くなった夜、行き違いがあってだれも行かなかった事を反省し、火葬にしたのはミリセントが、主張したからだと答えた。
翌朝、ダルグリッシュは断崖の淵で黒い塔を発見、それはウイルフレッドの祖父の墓だった。断崖をジュリアスとデニス・ラーナーが登ってくるのを発見。ジュリアスは、ウイルフレッドと一緒に登っていたが、だれかがザイルに傷をつっけたものがいたので止めた、ヴィクターが落下したときの様子を目撃した、死体を引き上げるのが大変だった、椅子は発見されたが制動装置は見つからなかった、あれは自殺か事故に間違いない、神父はヴィクターが事故にあった日に倒れたから彼の死を知らなかったなどと語った。
地元警察署に確認をとると、彼の証言がうらづけられた。ヴィクターの死の原因は定かでないが、椅子に細工した可能性は少ないようだった。
牧師の遺産について、弁護士事務所は牧師に「このままでは牧師の遺産はウイルフレッドと<トレイトン・グレンジ>に行く」と伝えたが、牧師は変更する以前に倒れてしまった、という。
カテイジで、本を整理しているとミリセントがやってきた。彼女によれば「ヴィクターの遺産は、ニュージランドの妹の元に全額わたった。ウイルフレッドは、養子で彼が死ねば、<トレイトン・グレンジ>はすべて私の物になる、私は、この事業を続ける気はない。<トレイトン・グレンジ>を売った場合、金の半分は私にはいる。」などと語った。また牧師が死んだ夜、グレイスが告解を終えたあと、だれか僧服を着たものが入っていった様だと語った。また机の鍵を彼女は所持していた。
5犯罪行為
ロンドン警視庁に依頼しておいた手紙が届いた。フィルビーは、犯罪歴は多いがうまく逃れている、ミリセントは二回万引歴がある、ジュリアスは殺人裁判でおかしな証言をしているがこれと言った犯罪歴はない、などであった。
ジュリアスが、黒い塔が火事だと伝えた。あわてて二人で駆けつけると、中でウイルフレッドが倒れていた。やっとのことで助け出すが、なぜか、彼は警察に届けることに反対する。火事のさなか、僧服の人間が走り去るのを見たという。
ダルグリッシュは、現場を検証し、僧服、マッチ棒、サイドボードの鍵などを見つける。エリック医師に相談に行くと夫婦の喧嘩声が聞こえた。医師の話から彼は、マギーが弁護士のボブ・ローダーとしのび歩いていたことを突き止める。
6流血なき殺人
患者のアーシュラが、夜半アスピリンを取りに不自由な体を二階に運ぶ。途中、階下を僧服の人間が通りさるのを認める。そして医務室でスイッチがつけられず困っていると看護婦のヘレン・レイナーがあらわれた。彼女に自室に戻してもらう。
そのころ隣室のグレースは、だれかがのしかかるのを感じた。翌朝彼女は死体となっていたが、死因は分からない。ウイルフレッドは、内密にすませようと主張し、エリックに解剖せずに死亡診断書を書くよう要請するが、断られる。
ウイルフレッドは、ジュリアスとダルグリッシュに患者が減って病院経営が成り立たない、どうするか家族会議を開くから参加してほしい、と要請するが二人とも断る。彼はどうやら売却を断り、信託会社に売却したいらしい。
ダルグリッシュは、脅迫状のうち2通を患者のジェニイ・ペグラムが書いたことを白状させる。庭では何者かによって大理石の少年像が破壊されていた。
7岬の霧
岬を散策していたダルグリッシュは、霧で道に迷うが、黒い塔を発見。エリックの家で明かりが三度点滅したので不審に思って駆けつけると、マギーが首吊り状態だった。そしてヘレン・レイナーはエリックのの浮気相手であることを隠そうともしない。
地元警察のダニエル警部は、マギーが自殺した、と主張する。ロープをもちだし、遺書がマギーの筆跡と一致すればそれしかないようにも見えるが、ダルグリッシュはひっかかる。
院内でこれからの行く先の噂が囁かれる。信託会社がここを買い取る、ウイルフレッドは捨てられるかも知れないが病院はそのまま続くだろう。
8黒い塔
審問は順調に進み、ダルグリッシュはいよいよ病院を後にすることになった。しかし依然としていくつかの事件をすべて説明する解釈は、発見されない。病院のほとんどの者はなかばウイルフレッドの奇跡を期待し、なかば観光を期待してルールドへの旅に向かった。
そうした中で事件を振り返った時、ダルグリッシュは結局誰が得をしたのかを考えた。ひょっとしてジュリアス・コートとデニス・ラーナーではないか。
ジュリアスは、収入に較べて随分優雅な生活をしている。彼がその利益を獲得するために「トレイトン・グレンジ」を活用していたと考えたらどうだろう。妙にルールド行きにこだわっている。この組織が保存されれば彼は利益を享受するのではないか。
デニスは、必ずジュリアスと組んで活動していた。安い給料で母親をよく養っている、ハンドクリームと入浴剤の発送係を勤めている、これらは何か事件とは関係ないのか。
そんな風に考えたとき、彼はひょっとしたら、麻薬を、ルールドの旅にあわせて密輸入し、入浴剤に入浴剤にまぜて販売しているのではないか、と考え始める。
しかし証拠が無い。彼が困っていると、敵は先手を打ってきた。ジュリアスが銃を構えていたのだ。彼はダルグリッシュを事故に見せ掛けて殺そうとするが、運悪くフィルビイが登場し、これを先に殺してしまう。ならば二人とも海に投げ込めと追いつめ、危機一髪。落とした警察手帳を見つけたダニエル警部が駆けつけた。
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