満潮に乗って         アガサ・クリステイ


ハヤカワ・ミステリ文庫 TAKEN AT THE FLOOD 恩地 三保子 訳

 最初の設定が、おもしろいと思った。
 ゴードン一族の長は、ゴードン・クロード。甥のローリイ、姉とその娘リン、兄の弁護士夫婦、弟の医者夫婦、のいずれもが、何かをしては失敗し、最後はゴードンに財政的に助けてもらう生活を繰り返していた。さらにローリイはリンと結婚を予定していた。ところがそのゴードンが、遠方で若いロザリーンと突然結婚、数ヶ月でドイツ軍の爆撃により死んでしまった.

 財産は、すべてロザリーンに行くことになり、一族は憤懣やるかたない様子。館にロザリーンとその兄と称するハンターが乗り込んで来た。ところがなぜかロザリーンは怯えた様子を見せる。このような状況のもとで各人が見せる思惑と行動様式が面白い。
 近くの旅館「スタグ」で男の撲殺死体が見つかった。現場にはハンターのライターが落ちていた。調査の結果、彼は死んだ筈のロザリーンの前夫アンダーヘイと称していた。彼はハンターの元に現れて、「おれの存在がわかれば、ロザリーンの結婚は成立しなかったことになる。するとロザリーンは遺産を受け取る資格を喪失する。」と主張し、高額を強請っていた事が明らかになった。

 当然ハンターが疑われ、検屍裁判が開かれる。ところがアンダーヘイの死顔をみてロザリーンは「前夫ではない。」と主張し、同じ軍隊にいたというポーター少佐と対立する。
 遺産の欲しいローリイは、ポアロに「死体がアンダーヘイであるかいなか、調べて欲しい。」と依頼する。ところがポアロが捜査に乗り出すと、ポーター少佐が銃で自殺してしまった。さらにロザリーンまで自室で冷たくなって発見された。
 やがてリンはローリイに愛想をつかす。そのリンへハンターが求婚し、高飛びか、と思われた。そこにポアロが登場し、はめ絵のように入り組んだ謎を解いてみせる。
 「ハンターは遺産をねらって、彼に惚れていた使用人をゴードンの若妻ロザリーンに仕立て、自分はその兄と言うことにし、一族の館に乗り込んできたのだ。ローリイは金が欲しかった。アンダーヘイは偽物だが、そうとは知らず相談に行ったところ議論となり、倒れて死んでしまった。疑われては面倒!と逃げ出したが、その後で、金を払いにハンターがやってきた。ハンターは思わぬところで殺人の容疑をかけられ、窮地に立たされた。一方でリンが好きになり、彼女と高飛びしようと考えた。仕方なく邪魔になったロザリーンを、枕元にあったブロマイドの一部をモルヒネと取り替えて殺してしまった。」

 この作品は殺人の動機が二つ重なっている点でも面白い。アンダーヘイ殺人は強請られたからと言う考えと、かっとなったからの二つが成立する。またロザリーン殺しは財産が欲しかったからと、面倒くさくなったからの二つが成立する。そのどちらが正しいかを考えさせるところに物語のうまさがあるように思った。

・(従兄が)オックスフォード大学にいる時、小切手偽造をやったんですわ。だのに戦争に出て、勇敢なる行為と・・・・十字勲章をいただいてますわ。私が言いたいのは、人ってみんなそんなものだって言うことなんです・・・・みんなどっこいどっっこいなんですわ。(52p)
・(戦争が)本当に怖ろしいのは、考えることをやめればずっと楽に生きて行かれることを知る、精神の記憶なのだ(132p)
・医学なんてものが大体まちがいを起こしやすく出来ているんです。診断というのはなんです?推測にしか過ぎませんよ。ほんのわずかばかりの知識にのっかった、そして行くようにでも取れる少しばかり曖昧な手がかりに頼った。(233p)

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