謎のクイン氏        アガサ・クリステイ


ハヤカワ・ミステリ文庫 TAKEN AT THE FLOOD 石田 英士 訳

金持ちで上品、音楽や美術などに詳しいサタースウエイト氏が何かの事件を聞いたり、出くわしたりする。やがて謎のクイン氏が現れ、事件を解き明かすというスタイルを取っている。しかし、クリステイの他の作品に較べると物語性が強く、時にはロアルト・ダールの短編でも読んでいるような気分になる。ちょっと読みにくく、筋と背後に隠されたオチを知るのに苦労した。また*については推理小説と言うより、文学小説に近く、随所にクリステイの人生観のようなものが感じられる。
クイン氏登場
ロイストンでの大晦日のパーテイで、十年前にその家の主人ケープル氏が自殺した話が話題になる。彼は、死の直前、結婚の発表をしったものの相手を明かさず、しかも宝くじを当てたようにうきうきしていた。その1週間前アップルトン事件が起こった。年老いたアップルトン氏が毒殺され、美貌の夫人が疑われたが不起訴になった。訪ねてきたクイン氏は、ケーブル氏が夫人を愛していたために、アップルトン氏を殺したこと、あの日新聞に死体発掘再調査の記事が出たこと、雪の中に警官を認めた事などを推定する。
窓ガラスに映る影
窓ガラスに不幸にあった男の影がぼんやりと浮かぶ。そんな中で銃声2発、気がつくとスコット夫人が背後から撃たれ、逢い引き相手のジミーが腹を撃たれて死んでいる。そして側には銃を持ったスタヴァントン夫人とスコット夫人のイヤリング。
実は嫉妬深い夫が窓ガラスに影をつくって、人の存在を匂わせ、他の場所から一発で二人を撃ち殺した。さらにもう一発撃ってイヤリングを飛ばし、不自然さをなくす・・・。夫人はたまたま通りがかっただけ。
道化荘奇聞
アシュリ荘を買い取って、高価な宝石や調度品を見せていたル・クートー夫人の内縁の夫のハーウエル大尉が姿を消した。園丁が別の家に雇われていった。悲しみに打ちひしがれた夫人は残った家をアメリカ人に良い価格で売りつけた。ハーウエル大尉はどこへいったのだろうか、という問題。
実は窃盗一味がフランスである城から盗み出したものを、足がつかぬよう良い値で売るために、イギリスにわたってボロ家を借り、悲劇の夫人を演出して見せたものだった。
大空に現れた兆
バーナビー卿の若妻ヴィヴィアンが射殺された事件で、彼女と良い関係にあったらしいマーテイン青年が逮捕され、有罪の判決を受けた。事件後カナダに去ったお手伝いのルイーザは大空に不吉なことの起こる神のお告げを見たという。しかし青年の無罪を信じる恋人シルヴィアは、クイン氏の助言で、ルイーザがあなたの犯罪を目撃したとバーナビー卿を脅し、自白書にサインさせてしまう。
ルーレット係の魂
ロアルト・ダールの短編のような作品。サタースウエイト氏はモンテ・カルロでボズニアの真珠で飾ったザノーヴァ夫人にあった。しかし賭では、彼女は負けてばかりいる様子。ところが彼が勝ったと思ったとき、ルーレット係りは彼のチップをすべて彼女に与えてしまった。その夜、係りの男は、サタースウエイト氏と夫人に、昔知り合った見栄っ張りな女の話をする。昨晩最後の財産をかける彼女をみつけ、チップをわざと間違えて彼女に与えたと言う。そのとき夫人は良い話のお返しと係りの男の煙草に火をつけてやる。昨日勝った5万ポンド札で・・・・。
海から来た男
サタースウエイト氏は、あの娘がイゾルデの役をやるのには若すぎると思った。人生は、歳を盗ってからでなければ分からぬところがある!。
彼はホテルをでて、小さなさびれた港の方に下りていった。そこで出会った青年は、恋に敗れ、死を決意していていた。少し先の忘れられたようにたたずむ家では、何年も前に夫を水の事故で失い、ひっそり暮らしている夫人がいた。彼女も事情があって、死を決意していた。サタースウエイト氏は二人に何が起こるかわからぬ、と一時の自殺を思いとどまらせる。そして二人の間に恋が芽生え・・・。
闇の声
結婚が趣味のストランリー夫人から、「娘のマージャリーのもとに幽霊が現れ「他人のものを返せ、盗んだものを返せ。」と囁かれると言う、見てやって欲しい。」と頼まれる。彼女の住むミード荘に出かけ、降霊術を行うとおなじような証言。ところが側にいたメイドのクレイトンが自分の傷をさし、四十年前に起こったユレーリア号沈没事件でうけた、と言う。そして翌日、館に戻ってきたストランリー夫人が風呂場で水死体となって浮かぶ。サタースウエイト氏は、クレイトンが、実はユレーリア号で打撲により気がおかしくなったストランリー夫人の姉で、夫人に盗られた財産を取り返そうと、夫人およびマージャリーを殺そうとしたものだと見破る。
ヘレンの顔
恋に破れた男は、成就した二人にガラス玉のついたワイングラスを贈る。しかし間一髪でサタースウエスト氏は歌声とグラスが共鳴すると、1マイル以上離れていてもガラスが壊れることがあること、恋に破れた男が嗅げばたちどころに死んでしまうガスを手に入れたことを知る。そして危機一髪、死んだのは猫一匹ですんだ。
死んだ道化役者
新進画家ブリストーの死んだ道化役者の絵を買おうと、サタースウエイト氏のもとに人々が押し寄せる。その絵にはチャーンリー卿の自殺の謎が隠されていた。夫人と恋人が組み、恋人がテラスで卿を射殺し、死体を居間に運ぶ。夫人が声をかけて生きていた様に見せ掛け、恋人がもう一度銃を撃ち、夫人が死体を見つける・・・・。
翼の折れた鳥
サタースウエイト氏はクイン氏が来ると聞いて、急にマッジ・キーリーの招待をうけてレイデルに行くことにした。彼女の父は目立たぬ数学者デイビッド・キーリー氏。そこに息子の婚約者メイベル・アンズリーが来ていたが、彼は彼女の表情に何か不吉なものを感じる。その夜メイベル一人ウクレレをひき、サタースウエイト氏に幸せの絶頂にあることを告げた。しかし翌日彼女は自室で首を吊って死んでいた!ウクレレの弦が調子外れの音を出した。サターウエイト氏はデイビッドに「彼女をウクレレの弦で絞め殺し、首吊りに見せ掛けましたね。」デイビッドは「私は、ただ皆に認められたかったのです。」
世界の果て
サタースウエイト氏は吝嗇で高慢ちきな公爵夫人のお供でコルシカにやってくる。そこで遠縁で画家のネイオーマイ嬢に出会う。翌日これにクイン氏等が加わり、ドライブにでかけるが途中で雨に降られ、小さなレストランに。そこで大女優ロジーナ・ナン等の一行に会う。彼女は昔脚本を書いていたジェラードなる男に貴重なオパールを盗まれた話をする。ところが同行のナンの夫ヘンリーが手品の解説をしていると、彼女の「インドの小箱」からそのオパールが飛び出した。素直に喜ぶ大女優、しかし疑いをかけられたジャッドはおかげで一年も刑務所暮らしを続けているのだ。しかも彼はネイオーマイの恋人。
道化師の小径
サタースウエイト氏はデンマン夫妻の主催する仮装舞踏会の下稽古に招待される。夫妻の屋敷の向こうに恋人の小径があり、氏はそこでまたあのクイン氏と出会う。舞踏会の方はオラノフ大公がかけつけ、なんとデンマン夫人と共にリムスキーコルサコフのコランバインを踊り、クイン氏、デンマン氏等も参加する。その間サタースウエイト氏は彼らの間に浮かぶ微妙で複雑な表情を読みとる。やがてデンマン夫人は、氏に十年前自分がアンナ・カルサノーヴァなるロシアのバレリーナであったこと、その時の恋人こそ今のオラノフ大公であることを認める。不意にいなくなった夫人はあの恋人の小径の端で死んでいた・・・。