ねじれた家        アガサ・クリステイ


ハヤカワ・ミステリ文庫 CROOKED HOUSE 田村 隆一

 私(チャールズ)がソフィア・レオニデスと恋に落ち、レオニデス家に起こる悲劇を父のロンドン警視庁副総監ヘイワードと共に捜査するという形をとっている。
 小人のアリスタイド・レオニデスはギリシャ出身で一代で財をなした大富豪、その広大な屋敷にはひどく若い後妻のブレンダ、長男夫婦、次男夫婦、孫三人、先妻の姉のエデイス、家庭教師ローレンスなど一族郎党が表面上は仲良く住んでいる。
 そんな中、当主が、持病の薬と摩り替えられたエゼリンを飲んで死亡した。調べてみるとブレンダは家庭教師と恋に落ちていたらしい、長男夫婦はチェーン店の失敗で破産状態、バルバドスに逃げ出すことを考えていた、次男はいつも兄ばかりが可愛がられ、コンプレックスのかたまり、その妻のマグダは演劇のことで頭がいっぱいといった案配。そして孫も聡明なソフィアはべつにしても、小児麻痺で元気のない長男ユーステイス、こまっちゃくれて探偵ごっこにうつつをぬかすジョセフィンといろいろ。
 やがてジョセフィンが殺されかかり、隠してあったブレンダと家庭教師の恋文が見つかり、彼らが逮捕され事件は一件落着と思われたが・・・・。「ここらで次の殺人劇が起こる頃よ。」のジョセフィンの言葉の通り、女中が今度はジキタリンで殺される。実は犯人はジョセフィン自身で、ねじれた子どものねじれた犯行というわけだがなんとも恐ろしい話。

 この作品は構成等がなんとなくクイーンの「Yの悲劇」に似ている。いずれも子どもの犯行で、使われた毒薬がいずれもフィソスチグミンことエゼリン。見方によっては私はこの作品の方が日記に子どもの真理が現れ、犯行動機が明確になっている点、また家庭内の対立に階級的な意識が見られて深みがある点、優れているように思う。最後にこの作品では、子どものことを「かわいそうに」と同情の目で見ているけれど、現代だったら別の見方をするだろうと思われ、興味深かった。

・この人たちは、人生の敗残者が持つという誘惑というものを知らない。ブレンダ・レオニデスは富と美しいものと身の安全と、それから家庭に飢えていたのだ。彼女は、あの老人を幸せにする代償として、それを求めただけだ。(105P)
・殺人というのはな、素人の犯罪なんだ・・・・(142P)
・犯行を犯した後は、ひどく孤独な気分に襲われるものだ。それにやったことを誰かに話したいのだが、そう言うわけにはいかない。だからなおさら話したくてたまらなくなる。(144P)
・子どもの証言というものには、なかなか聞くべきところがあるんだ。・・・・尋問のかたちではだめなんだ。・・・質問する形に持っていかないで、むこうからしゃべらせなさい。(146P)
・ブート・トラップ=半開きのドアにものを載せて落ちるように仕掛けた悪戯(212P)
・あの子、きっとなんにも知らなくってよ。ただ知ったかぶりを見せているだけ。自分を差も偉そうに見せるのが、あの子好きなのよ。(279P)
・今日、おじいさまを殺した。(292P)

The following list of poetry was compiled by Ragnar Jnasson, 1997.

Crooked House, 1949

There was a crooked man and he went a crooked mile
He found a crooked sixpence beside a crooked stile
He had a crooked cat which caught a crooked mouse
And they all lived together in a little crooked house.
A nursery rhyme

POETRY
http://www.hi.is/~ragnai/eacpo.htm

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