ハヤカワ・ミステリ文庫 THE RIGHT MURDER 小泉 喜美子訳
「大はずれ殺人事件」の続き、と言う形を取っているため、シカゴ社交界のモーナの「公道上、みんなの見ている目の前で、人を射殺してみせる。失敗したらあなたにカジノを一つ差し上げる。」というマローンとの約束が生きている。
ジェークとヘレンが、新婚旅行でバーミューダに行ってしまった。マローンが一人寂しく「天使のジョー」なるバーで飲んでいると、見知らぬ男がふらふらと入ってきてマローンの名を呼ぶと床に倒れ、そのまま息絶えてしまった。殺人課のフラナガン警部はまた余計なことを、とぶつぶつ言いながら、手がかりすらつかめない。そうこうするうちにヘレンがもう、離婚したと戻ってきて「モーナの殺人を発見してカジノをもらうんだ。」と大張りきり。
モーナ邸には、東洋から戻ってきたマイケル、エデイサのヴェニング夫妻、彼らを守護するようにルエラ・ホワイト、ロータス嬢とその恋人ロス・マクローリン、ヴェニング夫妻のおい、ベンドリイ等が滞在している。ヴェニング夫妻はマイケルが五十歳になると膨大な遺産を引き受けることになるが、その直前である。
こんな状況の中でヘレン、ジェーク、マローンがモーナ邸に乗り込んでまもなく屋敷内でまた殺人、それも見知らぬ男。ところがマローン等が調べると、どうやら冒頭のバーで死んだ男と同じ、ジェラルド・チューニングなる男。読者に一体どうなっているのだろうと思わせるところ。
ルエラ・ホワイトやロス・マクローリン殺人未遂事件が起こった後、マローンが「東洋でマイケルが不祥事を起こし、それを種にジョージ、ゴードンのチューニング兄妹がマイケルを強請った。これをマイケルが返り討ちにした。」と暴露、マイケルはあわてて逃げ出すがモーナに撃たれて絶命する。モーナが「これが私の言う公道上の殺人よ。」で一件落着。
しかしマローンは「フラナガン警部はあれで良いが、真実は別。マイケルはもう二十年前に東洋で死んだ、おそらく殺されたのだろう。チューニングには三人兄妹があって、長男のジェラルドがエデイサを巻き込み、マイケルに化けて米国に戻って来た。目的は五十歳になって膨大な遺産を受け取るつもりだった。しかし二人の弟がこれを知り、襲った・・・。」
話の筋立て、トリック等については、かなりあらいところも目立つようにも思うけれども、次から次に起こる謎がミステリアスな雰囲気を醸しだす。同時になんともいえず気の利いた会話が、読者を楽しませてくれる。訳者の小泉喜美子と田村隆一の会話が何となく分かる気がする。
「おまえさん、外国ミステリを読んで感心してばかりいないで、自分でも書けよ。」
「私?とんでもない!私は駄目よ、私は頭が悪いから。犯罪や警察のことなんか何一つしらないんですもの。」
「確かに馬鹿だな、おまえさんは。ライスでいいんだよ、ライスで」
「?」
「犯罪や警察のことなんざ、必要なときだけ調べりゃいいんだ。それよりだな、ミステリを書けるってことはライスのようなものを持ってるかどうかってことなんだよ。」
・彼は片方の靴下が裏返しなのに気がつかないままに、ゆっくりと慎重にそれを履いた。アパートの部屋はめちゃくちゃだった。二十四時間のうちに彼はそこをリスの巣箱の底のようにしてしまったのだ。いま、そこに必要なのは女手だった。今朝の二時に彼はこのいとも独創的な結論に達したのである。(114p)
・ジェークは疲労と空腹と寒さにあらためて気がついた。「僕は一杯呑んで、二十時間眠りたい。」「二杯呑んで我慢しなさい。」とヘレン。(265p)
・「彼の弾丸のおかげで、私の髪のパーマネントが変な格好にねじれちゃったのよ。(287p)
・「すべて殺人は自己防衛の一形式である」マローンは夢見るように言った。「人間は死以外のものから身を守る。殺人は、人間にとってもはや我慢することの出来ない状態に対する一種の防衛である。・・・」(309p)