立証責任           スコット・トウロー


文春文庫  THE BURDEN OF PROOF 上田 公子 訳

主人公は弁護士スターン、「推定無罪」の時に活躍した弁護士で今は数人の弁護士を使う事務所を構えている。彼はユダヤ人でドイツ出身だが、ナチ時代にアルゼンチンに脱出、その後シカゴにやってきたという設定。
もちろん一家もユダヤ教徒で妻のクララは師であった弁護士の娘、三十一年前にロマンスが芽生え結婚した。妹シルヴィアは先物投資会社MDのデイクソン社長の妻である。このデイクソンが一方の主人公で品性下劣だが、精力的な上、無類の女好きと来ている。スターンの子供は、長男が医者のピーター、長女が弁護士のマルタ、次女がケイトがデイクソンの元で働くジョンのもとに嫁いでいる。
物語は出張を終えて戻ってきたスターンが、自動車の排気ガスを吸って自殺をしている妻クララのを発見するところから始まる。自分は確かに仕事が忙しく妻をかまってやれなかった事は認めるにしても、理由がはっきりしない、なぜだ。
妻の元に来ていた病院の請求書から妻がヘルペス(性病)にかかっていたことが分かった。しかも妻の預金からは85万ドルの大金がなくなっている。自身の性病の可能性はピーターに見てもらうが問題は無いようだ。妻を見ていた医師が隣家の産婦人科医コーリーとわかり、彼はコーリーと妻クララが関係を持ちが、病気をうつされ、しかも大金を取られたのではないかと疑う。
一方デイクソンに対し、連邦検察局から大陪審法廷に資料持参の召喚状が届く。デイクソンは、スターンに弁護を依頼、調査を開始するが検事補のソニアはなかなかの堅物、しかし彼女の別荘にまで押し掛け、セネット検事の指示のもとに動いてる事を突き止めると共に、彼がMDの錯誤勘定に眼をつけていることを知る。
すなわち、当局は、デイクソンが大量の売りや買いがでた時に、直前に自己の売りや買いをだし、利益を捻出(フロントランニング)、個人の懐に入れているとにらんでいるらしい。当然違法行為にあたる。しかし、いったん得られた金は再投資され、ヴンダー・キントなる架空の名義に振り込まれていたが、不思議なことに最終的には巨額の損失を産んでいた。しかもヴンダー・キント関係の書類が紛失している。
デイクスンは秘密の金庫をスターンに預けるが、検察局はこの金庫を出せと要求。どうして金庫の所在が分かったのか、どうも身内にスパイがいるらしいのだが分からない。デイクスンは金庫は当局に出せないと主張。しかし提出を拒めば、非協力を理由にスターン自身が収監されてしまう。私生活でスターンは一方でなじみのヘレンと関係したり、ソニア、マーギーと怪しい関係になったりするが、裁判の行方に気もそぞろである。
コーリー医師の問題はいろいろあったが、彼は単に医師としての行為を果たしたまでで七年前からヘルペスだったと分かる。そしてそのうつした男はなんとデイクソン。しかもコーリー医師への仲介者を調べたところ、息子のピーターだった。さらに息子を訪問するとFBIの下っ端がいることを発見し、息子がスパイだったと分かった。
さらに驚くことに息子の弁明によると「ケイトの夫ジョンは、実際の相場をやりたくて仕方がなかったが、自己資金はなく、デイクソンはその能力を認めていないから、会社の金は扱わせなかった。そこで彼はヴンダー・キントなる口座を設け、フロント・ランニングで金を作った。それを元手に投資をしたところ、大損で会社の金に穴を空けてしまった。怒ったデイクソンはジョンをいじめ抜いた。クララはこれを見かねてデイクソンに損失分85万ドルを弁償してやった。私はこの際ジョンの犯罪を暴露し、これを母クララに病気をうつしたデイクソンのせいにしようとFBIにたれ込んだ。」
しかしスターンは、デイクソンとクララが関係したのは、スターンが妻をかまってやらなかったために衝動的に行ったもの、金庫を当局に提出しないのはデイクソンがジョンをかばってと知り、和解する。検察局も息子をスパイにという汚い手口が発覚し、結局はデイクソンを短期間収監することで鉾を治めることになった。
妻は結局性病の悪化等から将来を悲観し、自殺したものらしい。数年後、デイクソンが世をさり、スターンはヘレンと新しい人生を始めていた。
この作品は弁護士物と言うことになっているようだが、実際は女房に自殺された男の初老小説と言う方が正しい。裁判の他、自分の再婚の問題、家族との軋轢などようようの問題が描かれてる。それぞれの人間の書き込みがしっかりしており、たとえばデイクソン等にも非常に魅力を感じる。「推定無罪」と較べた場合、法律論は同レベルであるにしても、ずっと人間的で面白いと感じた。
・そこでノーカロリーの天然砂糖が完成されたというまことしやかなデマを流した。・・・価格の暴落(上76P)
・結局の糸は母親だけにつながっていたのだ。(88P)
・遺産はすべて・・・いくつもの信託口座に預託されていた。こうした信託は、いわゆる「古い金」を護るために尊重されたやり方で、何世代にもわたって元金を減らさずに利子を吐き出し続けるのである(上90P)
・ヘルペスについて(上254P)
・人は自分自身にしかなれない・・・・みんな失敗しながら生きている(下88P)
・我々はこの世に生きているんだ。他の世界ではなく。お前が言うように、両親の生活だって自分のよりも決して良くないと悟るのは、子供にとってつらいことだ。大人になったから良くなると言う物ではない。ある時点で今の状態を卒業して、もっと高いところへ移れると思ったら大間違いだ。(下150P)
・アシクロビル(下203P)
・外の者も皆、自分たちが自殺を運命づけられているという揺るがぬ信念を持っていた。クララもそうだったのだ。頑固なペシミズム、無限の憂鬱。彼らは、自分の参加している未来を決して予見することがない。(下350P)
・彼女は人の役に立とうとしていた。しかしどんな心理学的な呼び名も・・・鬱状態とかアノミーとか・・・をも超えた虚しさに圧倒されていたことは、疑う余地もない。(352P)
・個々の人間の魂はそれぞれの崇拝対象物の奴隷であり、一生そこから抜け出せないと信じているのなら、自分はなぜアメリカにやってきたのだろう?(下368P)

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