策謀と欲望          P・D・ジェイムズ


ハヤカワ・ミステリ  DEVICES AND DESIRES 青木 久恵 訳

ダルグリッシュ警視長は、別荘として購入したノーフォークにある寒村の水車小屋に静養に出かけて行く。しかしその町ではホイッスラーの異名を持つ連続絞殺魔が出現して女性を脅かしていた。
その町にはラークソーケン原子力発電所があった。所長のアレックスは、姉のアリスと二人暮らし。妻のエリザベスに別れ、管理部長代理のヒラリーに恋してみたり、反原発運動家とともに暮らすエイミーと懇ろになっていたりする。ヒラリーは、地位と結婚をねらう卑しい女性、次期管理部長を狙っている。そして彼女と意見の合わない運転管理部長のレシンガム、怪しげな秘書キャメロンといった構成。一方ニールは、トレーラーハウスに住み原発反対運動を展開中、そこにエイミーと子供が住んでいる。
連続絞殺魔は、第五、第六と犯行を重ねて行くが、証拠がつかめない。しかしある時、突然彼は絞殺に用いた紐、カツラなどを残したまま自殺してしまった。ところが相前後してヒラリーが同じようなな手口で殺されるが、ホイッスラーが自殺した時間との前後関係でコピー殺人と分かった。
後半はヒラリー殺人犯捜査に焦点が絞られる。ヒラリーは画家のブレイニー親子に住居の立ち退きを命じていたから、その画家が犯人ではないか、原発反対運動の記事が名誉を毀損したとしてニールを訴えていたから、彼ではないか、あるいは彼女と意見の対立していたレシングではないか、という具合だが、いずれも具体的証拠にかける。
副技師のジョナサンが恋人のキャロリンの行動を追い始めた事から話はおかしくなる。実は原子力発電所占拠などを標榜する極左環境保護運動に参加していたキャロリンは事態発覚と考え、かねてから仲の良かったエイミーを騙し、ボートで脱出しようとする。しかし極左派は船を爆破、二人は死亡し、浜に打ち上げられる。
ヒラリー殺しは、エイミー、あるいはエイミーとキャサリン、二人は自殺したということになって事件は一件落着。しかしヒラリー殺害現場に残された靴跡等から、ダルグリッシュ警視長はアレックスの姉を追求する。彼女によれば、彼はヒラリーに弱みを握られ、結婚と彼女の昇進をせまられていたというのだが・・・。
確かに風景や人々の考え方は女性らしい丁寧さでくどいほどに書かれており、ホイイッスラーの影におびえ、巨大な原子力発電所に畏怖の念を抱く人々の様子は良く出ている。犯人が最後になっても捕まえら無いというのも一つの考え方かも知れない。扱っているテーマも連続殺人犯、原子力発電所、反原発運動、環境問題など幅ひろく扱っていおり、今日的で幅が広い。私がいままでに読んだ彼女の作品「女には向かない職業」「皮膚の下の頭蓋骨」等に較べれば数段すぐれていると思う。
しかしどうしてもいくつかの点で不満なところがある。
まず連続絞殺魔があまりにもあっけなく捕まり、その犯行の動機も捜査過程も自殺した理由もはっきりしていない。さらに自殺したからヒラリー殺人犯はコピー殺人とするのも無理があるように思う。私はてっきり連続絞殺魔の自殺は、犯人による自殺に見せ掛けた殺人で、ヒラリー殺害も同一犯によるものと考え、本当の答えと動機が示されるのを待っていた。さらに死体にラークソーケン原子力発電所の頭文字であるLの切り傷をつけたホイッスラーの意図も不明である。
またこの作品で連続絞殺魔の話が途中で終わってしまい、後半はエイミー殺しという、テーマのすり替えが行われている感じもいただけないと思う。肝心のダルグリッシュ警視長の立場も、自分の立場外の仕事と割り切っているようで、やけに評論家的に見える。
私は途中まですべてニールの犯行と考えていた。エイミーと性的接触をしようとしないし、犬を連れているし、問題の靴を盗み出すこともできたし、原発反対だから額にLの切り傷をつけたことも理解できる。訴訟に関連した話ももちろんあっていいだろう。ところが作品では途中から殺人などおかしそうにない意志の弱い人間に変質していっている。
・左頬をひっぱたかれたら、相手の右頬をひっぱたき返す。それも相手より強く。それにさ、彼は十字架のかけられたんだろう。その教えとやらは、本人の役に立たなかったわけじゃん。もう片方の頬を差し出すとそう言う目にあうのよ。(50P)
・嘘が真実などと決して信じてはならない。嘘が都合が良ければ、一生突き通すかも知れないが、嘘が嘘であることを知っていなければならないし、自分自身にうそをついてはいけない(130P)
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