創元推理文庫 THE ADVENTURES OF SHERLOCK HOLMES 阿部 知二 訳
「四人の署名」を上梓した後、1891年7月ストランド・マガジンに「ボヘミアの醜聞」が発表された。以降翌年6月まで毎月一作づつ発表され、12作で「シャーロック・ホームズの冒険」として改めて出版された。推理小説界に短編小説という部門を切り開いた功績はまことに大きい。12作の中では赤髭連盟、唇のねじれた男、まだらの紐がやはり優れていると思った。
ボヘミアの醜聞
ワトソンが、結婚以来久しぶりにベーカー街のホームズを訪ねると、なんとボヘミヤ王ヴィルヘルム・オルムシュタイン陛下が直々に事件の捜査依頼にこられたところだった。「若い頃アイリーネ・アドラーという女性と恋らしきものをしたが、その際撮った写真で強請られている。近くさる王女と結婚することになり、是非取り返して欲しい。」
その写真はどこにあるのだ?ホームズは御者に化けて種々調査をした後、作戦開始。自宅に戻った彼女を取り巻いた暴漢に襲われた風を装い、部屋で介抱を受ける。ホームズの合図に合わせて、ワトソンが発煙筒を投げ込み「火事だ!」と叫ぶ。彼女は隠してあった写真を取り出して逃げだした。しかし彼女も馬鹿じゃない!・・・・。
赤髭連盟
質屋のジェイベズ・ウイルソンの話は「赤髭所有者を求めている・・・赤髭連盟、と言う広告を発見し、応募したところ採用になった。仕事は辞書をうつすだけで、報酬はいい。ところがある日突然赤髭連盟は解散になってしまった。」
犯罪の臭いをかぎ取ったホームズは、質屋の隣にシテイ・アンド・サーブ銀行が有ることを確認。路上をたたくなどして確認した後、警官と共に銀行の金庫の前で待ち伏せていると突然床石がはずされ、男たちがあらわれた!犯人は赤髭所有者を求めている、の広告で質屋をつりあげ、いない隙に地下に、銀行の金庫に通じる穴を掘っていたのだ。
花婿の正体
サザーランド嬢の相談は「花婿が結婚式当日に突然いなくなった。探してほしい。」というもの。「彼女の父親は鉛管工事屋をしていたが他界、母は15も若いウインデイバンクと結婚した。彼は娘が出歩くのを好まなかったが、彼がフランスに行っている間に、ホズマ・エンゼルなる男と知り合い結婚する運びとなった。彼の勉めている場所等は分からない。こちらからの連絡はいつも局留便で行っている。家に来たことはなくいつも外で会っている。」などと語った。
サザーランド嬢が結婚した場合、誰が困るのか、を冷静に考えたホームズは、義父とホズマ・エンジェルの二人の人相を比較した上で、恐ろしい陰謀を見破る。
ボスコム渓谷の惨劇
ボスコム渓谷にはマッカーシー父子とターナー父娘が住んでいた。父同士はむかしオーストラリアで働いていたという。村の人々が、マッカーシー父子があらそう様子を目撃した直後、マッカーシーが撲殺され、息子のジェームズに容疑がかっかった。マッカーシーの「クーイ!」と呼びかけた言葉と、いまわの際の「アラット」の一言が事件を解くかぎである。ホームズは評判からジェームズの無罪を確信し、二人の父親のオーストラリア時代の行動を追う。
五個のオレンジの種
ジョン・オープンショウの叔父はフロリダで農園をやって成功、こちらに戻っていたが、ある時インドから五つのオレンジの種とK.K.Kと書いた封書が送られてきた。叔父は急におびえだし、やがて近くの池で溺死体で発見された。私の父にも同じ様なことが起こった。今度は私にもオレンジの種が送られてきた、どうしたものかという。
ク・クルックス・クランがその叔父の持ち出した書類を探していると読んだホームズは急いで対策をとらせるが、時すでに遅くジョンも殺されてしまった。ホームズは手紙の発信地から一味は水夫と推定、乗っている船を探り当て、逆に脅し状を送ったが、嵐で船が難破、事件は迷宮入りになってしまった。
唇のねじれた男
ホイットニー夫人の依頼は夫が阿偏窟に行ったまま帰ってこない、何とかしてと言うもの。夫君は取り返したものの、私は阿片窟に変装したホームズを発見してびっくり。実はセントクレア氏の失踪事件を追っているのだという。
つい二日ほど前、セントクレア夫人が阿片窟の窓に夫を発見したが、止めるを制止し、二階に上がるといざりの乞食がいるばかり。しかし窓枠には血が付いていたし、阿片窟下の浜からは小銭のつまったセントクレア氏の上着が見つかった。警察が捜査し、いざりや阿片窟の主人を留置するがセントクレア氏は発見されない。しかし風呂場で思いついたホームズがいざりの顔をお湯につけた手ぬぐいで拭うと・・・。乞食商売は実入りがいいが、家族に知られては一大事!
青い紅玉
仕丁のピータースンが町で思わぬ事件に遭い、古い帽子と鵞鳥を一羽持ってきてしまった。返そうにも返しようがないので、捌いたところ胃の中からモーカー伯爵夫人がホテルで盗まれた青紅玉が出てきた。夕刊広告で持ち主のヘンリー・ベーカーを探しだし、彼から鵞鳥クラブを探し当て、さらにそこから仲買人のブレックリッジを探し当てた。そこから仕入れ元を探し出した頃、小男がホームズに話しかけてきた。「僕の鵞鳥がどこかに行ってしまった、知っていませんか。」この男こそ青紅玉窃盗犯!
まだらの紐
ヘレン・トレーナーという女性が恐ろしさでふるえながら飛び込んできた。「私の母は
現在の夫ロイロット博士と再婚したが、八年前に亡くなった。母が残してくれた遺産は義父が管理し、結婚すると私たちのものになる。父は最初はよかったがだんだん恐ろしい人に変わっていった。2年前に結婚話が出た頃、夜中に口笛の音を聞くようになり、ある夜悲鳴、私が駆けつけると「紐が!」と言って息が絶えた。最近、私も、夜中に口笛の音を聞くようになった。恐ろしい!」と言うのだ。
現地を調査すると隣の博士の寝室に通じる不思議な換気口とそれからぶら下がる紐だけの呼び鈴を発見した。夜へレンの部屋に私とホームズが潜んでいると、夜中に換気口が光り、隣の部屋で角灯をつけた様子、しばらくすると蒸気の音、ホームズがマッチをすると今度は隣の部屋で悲鳴。駆けつけると、ロイロット博士の首に沼毒蛇が巻き付き、博士が事切れていた。
動物を使った犯罪と言う点で非常にユニークな作品。結婚するまでは財産を管理できるが、結婚すると息子や娘のものになる、という動機の犯罪は「花婿の正体」と同じである。
技師の親指
珍しくワトソンがホームズの元に持ち込んだ事件。親指の無くなった水力技師がふるえながら飛び込んできて言うことに「好条件につられてアイフォードなる田舎の駅に水圧機をなおしに行った。部屋全体が水圧機のヘッドになっているという変わった代物。修理はすぐ終わったが、何に利用しているのだろうと調べると、依頼主の男はにわかに怒りだし、自分を部屋に閉じこめて水圧機のスイッチを入れた。押しつぶされる、と驚き、あわてて脱出したが、鉈で斬りつけられこの指を失った。」
ホームズと3人でアイフォード駅に。技師は駅から目隠しをされ、12マイルも馬車で連れて行かれたというが、ホームズは工場は駅近くさ、行って帰っただけ、と探すと果たして近くにあった。しかしあの脱出劇が原因で火事を起こし、連中はみな逃げ出した後だった。連中は偽金を作っていたのだという。
独身の貴族
セント・サイモン郷は米国訪問中にカリフォルニア州の富豪の娘・ドーラン嬢と知り合い、めでたく結婚することになった。ところが陽気に見えた花嫁が途中から何か浮かぬ表情に変わり、披露宴に向かう途中「ちょっと失礼!」と消えたまま戻らなかった。そしてサーペンタイン池近くから絹の花嫁衣装、靴、ヴェールなどが見つかった。
しかしホームズは昔の恋人か夫が式場に現れ、花嫁は彼と逃走した、と考える。なんだか映画「卒業」みたい。二人の居場所を残っていたレシートからロンドンの超高級ホテルと考えるところがちょっと面白い。
緑柱石宝冠事件
銀行頭取が青い顔で言うことに「さるやんごとないお方から、50000ポンドお貸しした担保に、由緒ある39個の緑柱石由緒ある宝冠を受け取りました。なにかあっては大変、と自宅に持ち帰って化粧室の箪笥に入れました。自宅には私のほか息子のアーサー、娘のメアリ、小間使いがいます。3人のうち息子のアーサーだけは友人のバーンウエルなる男に引き回されて悪いところがあります。その夜物音がするので化粧室をのぞくと息子が宝冠を取り出し、緑柱色をねじり取ろうとしているではありませんか。あわてて取り押さえましたが3つが無くなっていました。当然息子を詰問したのですが、そういうことではない、取り返そうとしていたばかりだ、と主張するのです。家捜ししたのですが見つかりません。助けてください。」
しかも翌日にはかわいがっていたメアリが消えて銀行頭取はめっきり力を落とした様子。 しかしホームズは事情を調べ、バーンウエルにそそのかされたメアリが盗み出したもので、アーサーはメアリをかばっていたことを見抜く。
ぶなの木立ち
ハンター嬢はぶな屋敷に住む紳士から破格の好条件で家庭教師を頼まれたが、条件は「髪を切ってくれ、窓辺でポーズを取ってくれ。」などという変わったもの。彼女はホームズと相談の上、出かけるが二週間ほどでふたたび相談することになった。
「一家は夫婦と息子。前妻の娘アリスがいるとの事だが、脳をわずらってふせっているらしい。怖い子牛ほどの犬が飼ってあり、夜出かけるとかみつかれる、と脅された。秘密の部屋があり、近づこうとするとひどく怒られた。仕事は10歳の子の相手で楽なものだが、この子は随分ひねくれている。毎日夕方先方から与えられた鳶色の服を着て窓辺にたたずむ事を強要される。ある時注意してみると、男が外からこちらをにらんでいることに気付いたが、主人はすぐに窓のシェードをおろした。一体どうなっているんでしょう。」
これだけの情報からホームズはハンター嬢がアリスの身代わりをさせられていると見抜く。ぶな屋敷に乗り込み、襲いかかる犬を射殺してアリスを救出する。動機は「まだらの紐」「花婿の正体」と同じで、アリスの結婚をさまたげようと監禁したが、相手の男がつけ回すので身代わりを立て、絶縁してしまおうとしたもの。なんとなく「バスカヴィル家の犬」を思わせる作品。
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