死の味            P・D・ジェイムズ


ハヤカワ・ミステリ文庫  A TASTE FOR DEATH 青木 久恵 訳

聖マシューズ教会の聖具室で、喉をかききられた二人の男の死体が発見された。準男爵ポール・ベロウン卿、もう一人は浮浪者のハリー・マック、卿の側には凶行に使われたらしい剃刀、そして暖炉には燃やした卿の日記の断片。発見したのは、この教会で働く独身老婦人エミリー・ウオートンと、彼女が最近知り合った身元怪しげな男の子ダレン。なぜ、卿のような社会的名声の高い男が、浮浪者と関わっているのか、とまず考えさせる。

卿は最近一夜を教会で過ごした後、人が変わったようになり、なぜか大臣の職を辞職して、公職から去った後、ふたたび一夜の宿を請いに来たのだという。
当初警察は、ポール卿が何らかの理由でハリーを殺して、自殺した、と考えるが、ハリーの服に卿の血液が着いていたことなどから、第三者による殺人と考えるようになる。警視長のアダム・ダルグリッシュ、女性警部のケイト・ミスキン等が捜査しだすと、ベロウン一家の複雑な内幕が次第に明らかになってくる。
ポール卿は、前妻が事故死している。現在の妻バーバラは、もともと北アイルランドで死んだ兄ヒューゴの婚約者だった女性。母のレデイ・アーシュラが、世継ぎがほしい故に強引に娶せたカップルだから、夫婦は、それぞれやりたい放題。バーバラは、従兄の産婦人科医でプレイボーイ、しかも訴訟好きのランバートと昔からの関係が断ち切れない。ポール卿は、国務省事務官の女性と恋を楽しんでいる。その上アーシュラの指示でこの家を取り仕切っているイブリン・マトロックまでバーバラの兄でならずものの俳優スウエインと関係していると言う具合。しかもこの家では過去にも家政婦と看護婦が、不審な死を遂げている。
今回の事件の発端は、バーバラが妊娠したことから始まる。事件のあった日、アーシュラは、腰の定まらぬポール卿に、万一の場合、バーバラの子か自分に財産を相続させようと、運転手と教会に行くポール卿について行き、直談判で遺言書を書かせることにした。遺言書に効力を持たせるには、立会人が二人必要、そこで浮浪者を呼び入れた。(何も浮浪者でなくたっていいはずじゃないか、という疑問はわく。)
ところがこの遺言が、バーバラに不利と考え、しかもポール卿に日頃馬鹿にされ怨んでいた男がいた。こいつが、アーシュラと運転手が帰った後駆けつけて・・・。
当局にとって、犯人を追いつめながら、物的証拠に乏しい犯罪だった。しかし、ダレンが犯行現場に落ちていた犯人の洋服のボタンを拾い、献金と一緒に献金箱に入れてしまった。犯人もボタンを取り返そうと必死になるが、そこから足が着いてしまう。
犯人は、最後に必死の逃亡を図るが・・・。
私が、彼女の作品を読むのは、「女には向かない職業」「皮膚の下の頭蓋骨」「策謀と欲望」に続いて4作目になるけれど、本作品が図抜けてまとまっており、訴えるものが強いように思った。老人の生き様がようようの形で描かれている点が興味をひく。一家に権力を振るい、お家大事を考えるアーシュラ、寂しさの中にたまたま見つけた少年に生き甲斐を感じるエミリー、出世と倒れた母の間で悩むケイト・・・。人間の最後をいろいろ描いたと言う考えで作者はタイトルをつけたのだろうか。
特に最後に犯人がケイトとその重荷になっている母親を人質に取り、逮捕されるときに母親を殺してしまう。そして逮捕され連行されるときに「ほら、これで婆さんから解放されたぜ。おれに感謝しないのかい。」(下366P)と毒づくところは考えさせる。
話もまとまっているし、読者に「次はどうなるのだろう。」と考えさせ続けるところも素晴らしい、と思う。
・祖母を同居させないためなら、どんな労もいとわないし、出費も惜しまない。だが、それこそ祖母がソーシアル・ワーカーと組んで、ひたすら要求していることだった。ケイトには呑めない要求だった。自由をあきらめることは出来ない。(上272P)
・僕はしょっちゅうまのあたりにしていますよ。患者の夫たちです。・・・表向きは患者のことで相談に来るんですが、問題があるのは夫本人なんです。・・・成功神話に振り回されているんです。・・・・連中が恐れるのは停年です。・・・委員会の席を狙って、仕事を任せてもらおうと躍起になっている老人を見たことがありませんか。(上310P)
・捜査の成功の鍵は、特に殺人事件の場合には、人間の感情をいかに利用するかにある。・・・容疑者の恐怖心、虚栄心、打ち明けたい衝動、不安感を利用し、決定的な言葉を吐かせるように仕向けたことが何回あったか。(下59p)
・そして二十カ国の人種の集まる学校としては都合のいい宗教。人種差別反対である。この基本教義に忠実でありさえすれば、どんな犯行、怠惰、愚妹もとがめられない。(下106P)
・女性には子供を産むかどうか選ぶ権利があります。僕は子供の性別も選ぶ権利があると思うのですよ。(下178P)
・これがアリバイ工作の最もうまいやり方だ。別の機会に起きたことをそのまま主張する。(下188P)
・私には仕事が何よりも大事。でも、そうはいっても、法律を自分の倫理観の基盤にすることは出来ない。(下322P)
・シェイクスピア「恋の骨折り損」(下348P)

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