ハヤカワ・ミステリ文庫 APPOINTMENT WITH DEATH 高橋 豊 訳
クリステイは、自分が行った旅先を背景にした作品をいくつか書いている。「ナイルに死す」「メソポタミア殺人事件」「カリブ海の秘密」「オリエント急行殺人事件」等である。
この作品もその一つで舞台はエルサレム。
ポアロが、エルサレムのホテルで「いいかい、彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ。」という男女の会話を聞くことからはじまる。ボイントン家は、女主人が絶対的な権力を持ち、一家の者の外界との接触を許さない異様な一家である。聞けば彼女は、死んだ父の後妻で、元女刑務所看守だった。人を支配し、いじめ抜くことに異様な喜びを感じているようなのだ。
死の谷へのツアーは魅力的だったが、なかなか大変だった。めずらしくボイントン夫人は一家の者が、彼女をおいて行くことを許し、岩屋の前で休んでいた。ところが夕方声をかけると、そのままの姿勢で死んでいた。どうやら常用しているジギタリンを主成分とするジギトキシンの飲み過ぎか。しかしよく見ると彼女の腕には注射の跡が、また同行した医学博士のカバンからはジキトキシンがなくなっていることが発見された。そして医学士サリーと長男レノックスの死亡時刻に関する矛盾した発言。
犯人はホテルであの会話をしたレノックスと長女のキャロルか、あるいはレノックスの妻ネイデイーンか・・・。疑惑は疑惑を呼ぶが、最後にポアロは、正確なアリバイ表を作り、いまは名声をなしているが、かって夫人が刑務所看守だったころ、収監されていた女性であると指摘する。
犯人が、クリステイ一流の全く事件に関係ない人物であるところは面白いが、全編にわたってボイントン一家の問題を事細かに述べているために、なんだか肩すかしを食わされた感じがする。また囚人として収監されていたと言うだけで、脱走したわけでもない彼女が、発覚すれば破綻するというアイデアも正しいのかどうか・・・・。
・ジキトキシンは心臓に作用する劇薬で、きつねの手袋と呼ばれる植物から取られるもの。ジギタリン、ジギトニン、ジギタレイン、ジギトキシンの四つの作用の強い成分を含む。(143P)
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