匿名原稿       ステイーブン・グリーンターフ


ハヤカワ・ミステリ文庫  BOOK CASE 黒原 敏行 訳

 私立探偵タナーは、友人の出版社社長プライスから「匿名の原稿が私の机の上に置いてあった。非常に面白い作品なので出版したいが、原稿が未完なので、作者を捜して、続きを書いてもらい出版したい。」との依頼を受ける。
 「ハムラビ法典を讃えて」というその小説は名門セント・ステイーブンズ学園の教師デニスは、アマンダ・キーファーなる美人生徒から突然性的暴行を受けたと訴えられる。反論するものの、騒ぎは大きくなり、ついに彼は暴行を認めさせられ、学校は退校、家庭は離婚の憂き目にあう。彼は真の犯人探しを誓う、と言うもの。
 タナーは実際にあった事件を元にしたのでは無いかと考え、調査を行い、その学校が名門セバスチャン学園、追われた教師は今は浮浪者をしていウエイド・リントンであることを突き止める。その学校ではプライスの妻マーガレットの前夫アーヴィン・ギリスが理事長として絶対的権力を持ち、学園の名声を保つことに汲々としていた。 
 ギリスがタナーに怪文書や会見を通じて調査をやめさせようとしたり、弁護士のクリスチャンや補助員のエマが妨害したり、あるいはウエイドがタナーを襲うなど調査は難航を極める。
 しかし、ブリジッドの娘キャリーは優秀でスペインに渡ったと言うことになっているが真っ赤な嘘、肌が合わず逃げだして行き方しれず、しかも彼女がウエイドを暴行したと訴えた本人である事やウエイドがギリスの娘と関係して子供まで作っていた事が判明。さらにウエイドがセバスチャン学園に忍び込もうとし、ヴェトナム戦争の経験を持つ硬骨用務員オシェイに撲殺されてしまった。
 しかしそんな事を通じて次第にこんがらかった事件の謎が解けて行く。
 アジア人などに押されて名門大学に進めなくなった子弟を救うために、ギリスが成績操作を行っていたこと、それに反対し、しかも娘と関係まで作ってしまったウエイド、そして彼の死によって事件に蓋をしたかったギリス。それを種に一山当てて、会社を建て直したかったのは他ならぬ事件調査の依頼人等々。

 章ごとに匿名原稿の抜き書きがでて、それにつれて話が進むというスタイルは非常に面白い。また浮浪者の世界を通じたアメリカ社会についてのコメント、文書名誉毀損と言論の自由の関係および司法の対応、アメリカ青少年の問題点についてのコメントなど非常に興味深い。全体としてはかなり優れた作品と思う。
 ただ、どうも話の進め方が荒っぽい感じがする。
 一例をあげると、59ページでタナーがプライスに原稿用紙を5,6枚コピーさせている。持ち出したのはこの5,6枚かな、と思っていると、元警官に「指紋がついていないか調べてくれ。」と要請したり、全体の筋を解説したりで、どうもオリジナルの方を持ち出したらしいのだ。その解説がはっきりしないし、他人にコピーさせる無神経さで原稿を扱いながら指紋の調査を依頼するのもおかしい。さらに丁寧に調査しているように見せながら、謎解きになっていきなり学園ぐるみの成績捜査がでてくるのも唐突に思えた。


・男の結婚適齢期とは、自分の不器用さを痛感し、足りないところを補ってくれる最良と思われる同士を見つける必要を感じたときなのだ。(15P)
・大衆が求めているのは慰めと贖罪さ。たいていのいわゆるノンフィクションが与えてくれるのは、畢竟、それだけだ。人々が優れた者も含めてフィクションを避けるのは、そこに嘘が書いてあるからじゃない。あまりに本当のことが書いてあるからだ。偉大な小説とは、僕たちが自分の姿を映してみることができるかが見に他ならない。不幸なことに、昨今は多くの人間が、そういう自己認識を嫌うようになった。(43P)
・最近は特に見分けるのが簡単なんだよ。男も女も、異性の読者が作品をどう読むかどうかなんか気にしないからね。(53P)
・どうせプロットの種類なんて、古今東西せいぜい1ダースほどしかないんだからね。どんな物語も、基本的にはすでに存在しているもののヴァリエーションにすぎない。(57P)
・私が好きなのは、これ見よがしの大きな仕掛けではなく、言葉の微妙な綾でページをめくらせるような小説だ。物語の舞台は遠い外国の首都ではなく、通りを隔てた向かいにあるような何の変哲もない家がいい。(81P)
・チャーリーはこの新しいアメリカを憎んでいた・・・貧困層と富裕層の格差が資産の面でもどんどん広がって行くアメリカ、ウオール街のビジネスマンにはジャンクボンドやストック・オプションという名の紙幣をすることを許す一方で、読み書きの満足にできない貧しい女性には、子供を養うために食料援助を受けなければならないことを六ページの書類に記入して証明しろと要求するアメリカ・・・。(273P)
・文書名誉毀損について(301P)

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