角川文庫 THE MAIN 北村 太郎 訳
舞台はカナダモントリオールにある街、ザ・メイン。そこは吹き溜まりみたいな街で商店は荒廃し、いかがわしい人種の異なる男女がたむろし、事件が次々に起こる。主人公はラポアント警部補、彼こそこの街の法律、あくまで事件の本質を追究し、警察組織が迷惑をこうむろうと暴力を使ってでも筋を通す男。しかし彼は薄汚れたアパートに独りで住み身寄りが無く、しかも医者からは体の中に瘤が出来ていつ死んでもおかしくない状態。彼の唯一の趣味は、暗い過去を持つユダヤ系のモイシェ、彼と共に酒場を経営するデイヴィット、神父のマルタンの4人で行うピノクルというトランプゲーム。
身元不明の男が胸に刃物を突き立てられて、祈るような格好で死んでいた。ラポアントはガスパール部長刑事から新人刑事ガットマンを預けられ一緒に捜査を開始する。現場から逃げ去ったびっこの浮浪者をつき当てるが、死体から財布を持って逃げただけ。しかし身元が分かった。やたらに女癖の悪いイタリア系移民の若い男。
そのころふとした偶然からラポアントはまだ二十を少し越えたばかりの売春婦を知る。どうせ、若い格好いい男を見つけ出て行く、いればうるさいだけと考えながら、肉体関係もろくに無いまま進む奇妙な同棲生活。
そして犯人。ユダヤ系だったその男はナチスの収容所にいれられたため、青春を棒に振ってしまった。カナダに移住してきて、一人の売春夫を知り、一度だけの関係を結んだ。男にとってはそれが一生一度の女との関係だった。女はまもなく病気で死んだ。その女に洟垂れ娘が一人いた。男はその娘が不自由せず、良い教育を受け、立派な淑女になるよう陰ながら助けてやった。何の意味があるかは知らぬが・・・。科研捜査課長のブーヴィエが気がついた。過去に三度同じ殺され方をした男がいる。ラポアントは三人の男はみなあの娘に悪いことをした男たち・・・。するとその犯人は・・・。
身より無く、生きる目的も希薄になった男たちは、どう生きるのだろうか。その生き様を詩情豊かに歌い上げた感じの作品。その詩情があるからこそ、並の刑事物に較べて群を抜いた作品になっていると思う。捜査の過程自体は大して重きを置いていない。58ページ前後に出てくる犯罪と罪悪の議論が非常に面白い。
・そうだな。相手から人間性を奪って獣同然におとしめるというのは、大きな罪悪の一つだといえるかも知れない。つまり・・・どういえばいいかな・・・・罪悪の重さを決めるのは、行為じゃないんだ。動機でもない。結果だな。俺の考えだと、森の木の最後の一本を切り倒すことは、最初の一本を切り倒すよりずっと悪いことになる。・・・・人を獣におとしめるというのは、大変な罪悪かも知れない。獣になった人間はもう愛することが出来なくなるからだ。愛を奪うのは、何より大きな罪悪だし、一番重い罰を受けるに値する。(61p)
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