ゼロ時間へ     アガサ・クリステイ


ハヤカワ・ミステリ文庫  TOWARDS ZERO  田村 能一訳

 万能スポーツマンのネヴィル・ストレンジは、オードリーと二番目の妻ケイと暮らしている。そのネヴィルの企画で、オードリーの実家カミラ夫人の館で関係者が休暇をとることになった。ネヴィルに浮気され何か魂の抜けた様なオードリー、夫のオードリーをまだ忘れられない様子に嫉妬するケイ、古い考えに縛られるカミラ夫人、インド帰りのピントの外れたトーマス等を中心に話が進み、読者を何かわからぬ恐怖が支配する。
 やがて、なんでも見とおす能力のある、ベテラン弁護士トリーヴスが不審な死を遂げた後、カミラ夫人も自室で頭を割られて殺された。死体の側にはネヴィルの血のついたゴルフクラブ、さらにその自室から血のついた青い服が発見され、ネヴィルは逮捕寸前。しかし召し使いパトリシアの証言で、夫人が生きている時に、ネヴィルが部屋を出ていったことが、明らかになり無罪となる。
 次にゴルフクラブについていた金髪などからオードリーが疑われる。彼女は、自白し自殺を図るが、自殺し損ねた男アンドリュウーに救われる。彼はオードリーが好きになり、彼女を救おうと決心し、捜査を担当していたバトル警視に当日カミラ夫人の館の壁を攀じ登る男を見たと証言。テニスラケットのグリップに鉛を仕込んだ凶器、洗濯屋にだした別の洋服等も発見され、容疑は再びネヴィルにかかる・・・・・。
 実はオードリーが振られたのではなく、ネヴィルがオードリーに逃げられたのだが、失敗したことのない、完璧主義者のネヴィルとしては許せなかった。そこで、一度疑われたものは二度と疑われることはないだろう、との考えに基づき犯行を周到に計画、オードリーに殺人者の汚名を着せようとしたのだった。

 この話も書き出しが凝っている。自殺した男の話、これから殺人を犯そうとする男の話等読者にとっての謎がいっぱい。犯罪の立証という点からは、結局はネヴィルの自白に頼っている点、動機が弱いなどと感じなくはないが、物語としては面白く、作者のうまさを感じさせられる。

・良くできている探偵小説が好きなのだ。だがね、どれも出だしがいけない!みんな殺人で始まっておるのだ。しかし殺人というものは終局なんだよ。物語は、ずっと前からはじまっているのだ。時によっては、何年も前からね。(13P)
・犯人に喋るだけ喋らせる・・・これがポアロの手なんだ。遅かれ早かれ誰でも本当のことを喋ってしまうというのさ。嘘をつくよりも、その方が楽だからね。(218P)
・堂々としたスポーツマンの役所をやりこなす方が試合に勝つことよりも大事なことだったのです。無論、こうして一つの役ばかりいつも演じていることは、彼をノイローゼにしたのですね。目にみえないところが悪化していったのです。(310P)

(さゆりの意見)ネヴィルが完璧主義者になったのは、子供の時に弓矢を練習していて友人を撃ってしまった事件で処罰されなかった事が影響しているのよ。

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