ハヤカワ・ミステリ文庫 NO TEARS FOR HILDA 福島 正美 訳
一見貞淑でおとなしく見えたジョージ・ランバートの妻ヒルダがオーブンに首をつっこんだ形で撲殺され、妻のことは何も知らない、お人よしの夫に殺人の疑いがかかる。
友人のマックスはランバートの無実を信じ、真犯人探しに立ち上がるが、その過程で明らかになっていった事はヒルダのおぞましい性格だった。
彼女は男の側からも女の側からも殺したくなるような全くの自己中心主義の押しの強い女だった。
彼女は20年ほど前に結婚する予定だった画家と最近ふとした偶然で出会ったが、彼女はさも当然のようによりを戻そうとはかる。
今は許嫁も出来、容貌も衰え、嫌らしさだけが目立つ彼女を当然彼は拒否するが、彼女はしつこい。思いあまった彼が衝動的に犯した殺人だった。
倒叙小説だが、アイルズの「殺意」のように何故殺すに至ったかというよりも、何故殺されるに至ったかを書いた作品。
しかし、幾分誇張されているとは言え、私はこのような女性は案外多いのではないかと思う。ヒルダは巷間噂されるような一代の悪女という訳ではないと思う。
画家が犯人となる決め手はヒルダが殺された当日パーマをかけていた点だ。
それを画家はスケッチ風に書き留めたため、足が着いた。
この犯行前後に変更された状況を犯人が知っていてそこから露見するという書き方は江戸川乱歩の「心理試験」などに見られる。
・アレクはアトリエの電気ストーブの上にかがみ込んで、絶望に近い形で現在の苦境を反芻していた。
殺人の余波というものは、それを犯そうと衝動的に決心するときに比べて・・・・いや、殺人の行為そのものに比べてすら、
何故こうもたまらなくつらいものなのだろう・・・・と彼は思った。(267p)