火刑法廷           デイクスン・カー

ハヤカワ・ミステリ文庫 THE BURNING COURT 小倉 多加志 訳


「第1部 起訴状」雑誌記者のエドワード・ステイーブンスは、殺人事件公判をあつかったゴーダン・クロスの最新原稿をブリーフケースに入れ、妻のマリーと休暇を過ごすべく、フィラデルフィア郊外のクリスペンに向かう。ところが原稿の間から落ちた殺人犯の写真は妻とうり二つ、註には「マリー・ドーブリー・・・・1861年殺人罪により断頭台に送られた」とあった。作者は、1676年に処刑された毒殺犯ブランヴィリエ夫人をモデルに考えたらしい。家に戻り一服する間に写真が無くなった。
 隣家デスパート荘の主人マーク・デスパートが「先頃死んだ叔父のマイルズは、砒素による毒殺の疑いがある。使用人ヘンダーソン夫人が、深夜ブランヴィリエ夫人らしき服装の女が、マイルズ老に卵とミルクとワインを混ぜた飲み物を勧めているのを見た、女はその後もう今はないはずのドアから消えてしまった、といっている。その夜、私たちは、仮装パーテイに出かけたが、妻のルーシーは壁にかかった夫人の服装をしていたから、彼女が犯人ではないか、と言うのだ。そこで私は叔父の墓を暴き、死体を取り出して調べたいののだが、手伝ってもらえまいか。」
「第2部 証拠」エドワードはマーク等4人で深夜2時間もかけて納骨堂に入った。しかし棺の中のマイルズ老の死体が消失していた。完全なる密室、通夜に立ち会った者もいるというのに・・・。フィラデルフィア警察署ブレナンの名でルーシーに新事実が見つかったからすぐ戻るよう偽電報があり、ルーシーが戻ってくる。毒殺説や遺体が無くなったことを知り、マークの妹イーデイスとともに恐怖にかられる。
 マイルズ老が亡くなる少し前に、看護婦コーベット嬢のもとからモルヒネ瓶が盗まれた。1日経って返されたのだが、誰が盗んだのだろうか。エドワードが家に戻ると、妻のマリーの「今夜出かける。」との置き手紙、そして原稿のうちマリー・ドーブリーについて書かれた部分が消えていた。
「第3部 論証」翌朝エドワードが、電報で呼び出されたとやって来たコーベット嬢、二日酔いのマークの弟オグデンと共にデスパート家に向かうと、捜査に来たブレナン警部と出会う。尋問が始まるが、当初怪しまれたマークの妻ルーシーは、当夜一時仮装パーテイを抜け出たが、すぐ戻っていたことが確認され、無罪のようだ。
 一方マリーはエドワードと共に自宅におり、当日ルーシーの着る服装を知っていたことが明らかになる。また警部は老人の飲んだミルクの残りから砒素が検出されたことを告げる一方、コーベット嬢は、同時にマリーから3ヶ月ほど前、砒素の入手方法をしつこく聞かれたと証言する。マリーの結婚前の名前が実際に存在した毒殺犯マリー・ドーブリーだったことも明らかになり、彼女への疑惑が強まる。
 マイルズ老の部屋から女が消えたという秘密のドアは壁を壊して捜すが、発見されない。一段落した頃、オグデンが「ヘンダーソンがマイルズ老を見たそうだ!」
「第4部 要約」 エドワードが通りに出ると、葬儀屋のアトキンスに紛失したマリー・ドーブリーの写真を渡される。ホームで落としたらしい。さらにそこに何と作家のゴードン・クロスが現れる。彼は長いこと殺人事件で服役したという変わり種作家。あの作品の事でマリーが相談に来たとのことだ。彼女は、昔カナダで毒殺犯マリー・ドーブリーにたまたま先祖に似ていたので養女になったのだそうだ。戻ってきたマリーは、クロスの証言を裏付け、モルヒネは眠れなかったから失敬しただけ、と供述。
 一同会してクロスが事件の解説をする。ヘンダーソン夫人が見た秘密のドアは看護婦の部屋に通ずるドアが姿見に映ったもの。金のためにマークからマイルズ老殺害の相談を持ちかけられたとき、コーベット嬢、実はマークの女ジャネット・ホワイトは、マイルズ殺害の罪をルーシーに着せようと考えた。モルヒネが盗まれた事を理由に自分の部屋に鍵をかけ、夫人の服を縫い、それを着て犯行に及んだ。
 実はマークは、殺人事件を望んでいなかったが、思わぬ成り行きに死体消失劇を演じ、事件をうやむやにしようと考えた。マイルズの死体を埋葬時に棺の近くに隠しておき、掘り返した時に取り出し、ヘンダーソンの部屋に隠しておき、最後に焼却した。このとき、モルヒネを飲まされたヘンダーソンが気つき、マイルズが復活した、と錯覚した。ここまで解説してシェリーを飲んだクロスが突然倒れて死んでしまう!コーベット嬢だ!マークは失踪する。
「第5部 評決」 彼女が本当にやった分けじゃないけれど、彼女が死刑にならなかったのは残念だわ。クロスが死んだのは気の毒と思うけれど、生きていればマークを告訴するでしょう。マークが可愛そうだわ。だって、私、マークを愛しているんですもの。クロスは私のところに帰ってきたのが運の尽きだわ。玄関のドアが開く音に、彼女は優しい人妻の顔に戻って行く。

 現代の事件の中に、魔術についての豊富な解説と共に、ブランヴィリエ夫人の砒素による大量虐殺、火刑裁判、マリー・ドーブリー事件などを非常にうまく取り入れている。トリックも非常に面白く、全体何か奇術を見せられているような感じがする。本来はなくてもよいはずの偶発事件も作り上げて挿入している。マリー・ドーブリーの写真の紛失の話などがそれだが、話を余計におどろおどろしく面白くしていることも事実。作者は日本では密室もの推理作家として有名だが、この辺に同時に優れたストーリーテラーであることを感じさせる。鏡の話は2年前に書かれた「三つの棺」を思わせた。
 考えて見るとこの作品はデイクスン・カーの絶頂期に書かれたにも関わらず、他の作品と趣を異にする。まず探偵がクロスで初めて登場、しかも最後に死んでしまう。生かしておいて別の作品にも登場してもらいたかったくらい。最後の終り方が、別の犯人に解釈できる叙述トリックに近い形で、非常にモダンである。マリー、ルーシー、コーベット嬢の女性心理がうまく描き分けられているなど人物造詣もうまく特徴的である。
(1937 31)
・魔術の歴史(241p)
・死体消失トリックに関する解説が参考になる。 「困難を分割せよ」という奇術の基本的な原理がある。たとえば何か品物を消してみせる場合、処理しやすい状態にいったんしておいてから消してみせるという2段構えの策略を用いる。(337p)
・わしは死んだ人間なんか怖くない。 ・・・・気をつけなくちゃいかんのは、生きとる奴らじゃよ。(99p)

r991110 rr991117