皇帝のかぎ煙草いれ      デイクスン・カー

創元推理文庫  THE EMPEROR'S SNUFF-BOX 井上 一夫 訳

 イヴ・ニールはネッドと離婚し、北フランスの海岸の避暑地ラ・バンドレッドに落ち着いていたが、やがて向かいの家のトビイ・ロウズと婚約した。彼女の寝室から、二階のトビイの父親モーリス・ロウズの部屋が見える。
 ところがある晩、寝室にネッドが忍び込んできた。言い争いをしながら、電気を消し、向かいの部屋の様子をうかがうと、父は昼間届いた皇帝のかぎ煙草入れを眺めている様子だったが、次に眺めた時には倒れている様子、やがてロウズ夫人が入ってきて叫び声をあげるのが聞こえた。
 イヴは、やっとネッドから自分の家の鍵を取り返し、帰そうとしたが、ネッドは階段から落ちて鼻血を出し、それが衣服についてしまった。その後、容疑者にされた彼女は絶対絶命、物理的には完全な状況証拠がそろってしまった。
 ところで、トビイがイヴに知り合う前に別の女性に手を出していた。分かれるために、父親の部屋にあるダイヤの首飾りを盗みだそうと、忍び込んだところ、父親が何者かに殺されていたという話しが、物語を複雑にする。

 実はネッドが、モーリスに重婚などの前科を知られて、殴り殺し、向かいの部屋にいるイヴを証人にしようと考えた。「かぎ煙草いれをながめている」と、窓を見ながら話し、イヴも生きているモーリスを見たかのように、暗示をかけ信じ込ませた。しかし「かぎ煙草入れ」は、15メートルも離れたとなりからは「金時計」にしか見えない、と言うことが事件解決のポイントになっている。

 本作品を読むのは2度目であるが、一見不可能犯罪に見え、話しもすっきりしていて、非常に優れた作品と思う。事件の謎を解くのは警察署長ゴロンの友人で精神科医のダーモット・キンロス博士だが、人の心理を読み分け、同時にその優しさが伝わってくるところが何とも言えずよろしい。

・ヨーロッパ人の41%はO型なんだ。(140P)

・世の中にはトビイのような人は幾らもいますよ。結構うまく世渡りしてる人もいます。
うわべは石部金吉で、思想堅固の模範でも、ひとたび危機に襲われると思慮分別も勇気もない子供みたいになってしまうのです。(283P)

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