ハヤカワ・ミステリ文庫 THE CHILL 小笠原 豊樹 訳
ロスアンゼルス近く、パシフィック・ポイント。私立探偵リュウ・アーチャーは実直そうな青年アレックス・キンケイドに、「新婚旅行中に妻のドリーが消えてしまった。探してほしい。」と依頼された。
ドリーは、ほどなくロイ・ブラッドショーが補導部長を勤める大学で見つかった。ロイの母の運転手を勤め、その屋敷の門番小屋に住む傍ら、勉強しているのだといい、アレックスの元に戻る気はないという。何か複雑な事情がありそうだ。
リュウがいくつかの調査を終えて、門番小屋を訪れると、ドリーは半狂乱でアレックスがなだめていた。「ハガテイ先生が倒れている。私の父は母を殺した。皆、悪魔だ。」精神科医を呼ぶと共に、ドリーの主任教授ヘレン・ハガテイのもとに駆けつけると、証言通り玄関口で射殺されていた。
捜査にあたったクレイン保安官は、拳銃が自室のベッドの下から発見されたため、ドリーを疑っている様子。アレックスは、父親が駆けつけ、事件の捜査にしり込みを見せたが、リュウは事件の背景を探ろうと決心する。
10年前ドリーの母親が射殺されたが、12歳の彼女は「二階の窓から拳銃を持った父が逃げて行くのを見た。」と証言し、父親は第1級殺人で10年の禁固刑を言い渡された。しかし、彼女は「あれは大人たちを喜ばせるために証言した。」といい始めた。この話をドリーの保護者を装おう叔母のアリスに聞かせると、彼女は信じられぬ、と言った様子でドリーの父トム・マギーと精神科医を一方的に非難し始めた。彼女はドリーを取り返そうと精神科医を訪れるが追い返される。
ヘレンの母親の話で、ヘレンは、父親が二十年前デロニーという男が、ピストル暴発で死んだ事件をもみ消したことに腹を立てて、家を出たことが分かった。ミセス・デロニーが、上院議員の娘で金がふんだんにあったためらしい。実はブリッジトンで起こったこの事件が今回の事件の発端だった!
最初にロイに疑いの目がむけられたのはヘレンの弟との会話だった。ロイはヘレンとただならぬ関係だったらしい。
ロイは独身に見えたが、昔ミセス・デロニーの妹で年上のレテイシャと結婚していた。その後ロイはミセス・デロニーと関係するが、現場をデロニーに発見された。ところがレテイシャが発見し、争ううちに銃が暴発し、デロニーは死んでしまった。レテイシャはその後大戦中にヨーロッパに死んだことになっていたが、実はアメリカに渉り、いつもロイのそばにいた。しかしロイの浮気癖はやまない。10年経って、レテイシャはロイが次に浮気に走った相手、ドリーの母親を殺す。金の力で事件をもみ消す。三番目の夫の浮気相手ヘレンを殺したのも同じ手口だった。
ドリーは、ミセス・デロニーの意を受けたアリスに指示されて、嘘の証言を繰り返したのだ。事件が明るみに出ると、自分自身が悪者と叔母から吹き込まれ、狂乱したのだ。
ロイはレテイシアに取り込まれた生活がすっかりいやになっていた。ヨーロッパに行くと称し、離婚手続きを取り、かねから愛していた大学のローラと結婚した。レテイシャは今度はローラを抹殺しようと図る。急を告げる電話で飛び出したロイの車に、レテイシャの車が突っ込む。レテイシャのアメリカでの仮面がはがされる!
ロス・マクドナルドの作品を読むのは「ウイチャリー家の人々」についで2作目である。世の中の問題はすべて金で片付く、と考える女が、愛する年下の男を独占するために、次々に殺人を重ねた、という話である。事件の手口そのものよりも、事件の背景に潜む複雑な愛憎関係を暴き出し、真実にせまるという作風。結果として人の心の動きに肉薄し、孤独な現代社会がかかえる問題点を浮き彫りにさせている。
ハードボイルドと名打ちながら、主人公の探偵リュウ・アーチャーにはヒーローの格好良さはない。真理を追究し、関係者によかれと思われる方向に持って行くよう努力する孤独な男の影があるだけだ。
・顔は皺だらけだが、デリケートな骨格は若き日の面影を想像させた。骨董品が多少の疵とは無関係に美しいのと同じ意味で、この夫人も美しかった。(261p)
* ペントタールによる告白は必ずしも真相ではありませんよ。(361p)
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