東京創元社世界推理小説全集29 DOCTOR THORNDIKE 妹尾 あき夫 訳
この小説集で作者は倒叙推理小説という犯罪編で犯罪の過程を描き、推理編でそれが解明される筋道を描くという従来の推理小説とは違った書き方を提案する。これは後に「殺意」「クロイドン発12時30分」「伯母殺人事件」などによって開花する。その意味で非常におもしろいと思った。同時に作者は病理学等に造詣が深かったせいか、ソーンダイク博士が顕微鏡と簡単な化学実験によってたちどころに解決するという明快なスタイルになっている。
オスカー・ブロズスキー事件
「世界推理小説短編集」2巻に井上勇の訳があり、読んだことがあるのでそちらを参照する。
犯罪編はある日宝石窃盗常習者、ヒクラーのもとに旅の男が訪ねてくるが、ヒクラーは彼が宝石商ブロズスキーであることを見破る。列車待ち時間の間自宅で歓待したあと殺害、宝石を奪った後、線路に死体を置き、自殺に見せかける。
推理編でソーンダイク博士は靴の裏の付着物、顔に流れている血液の方向、
等から他所で殺され運ばれて来たと断定する。さらに靴についていた糸くず、壊れた眼鏡に混じっていたワイングラスの破片、歯の間に詰まっていたビスケット、刻みたばこなどから死の直前の状況についても目途をたて、殺害場所を発見する。現場では燃やした帽子の痕跡まで推定し、ヒクラーの犯行を裏づける。
予防殺人
刑務所を脱走し、アメリカで成功し、故郷でペンベリーと名乗っていた男のもとに刑務所の看守だったプラットがやってきて金を強請る。夜間樫の並木のもとであったペンベリーはプラットを刺し殺し、同じ型のナイフに血とじゃこうのにおいをつけ、他人にやはりにおいをつけた財布財布を拾わせる。
警察犬がそちらに向かう。
しかしソーンダイク博士は血のにおいで犬が行動しない点から偽装工作と簡単に見破る。卵形1/200-1/400インチの血球から鶏の血と見破るところなどが面白い。(144P)
歌う白骨
当局の追求を逃れるため、ロークは、ゼフリスと名を変えて灯台守をしていたが、昔自分を裏切り、金を持ち逃げしたトッドが偶然やってきた。ロークは隙を見てトッドを海の底に沈め、トッドが乗ってきたボートは水栓を抜いて海底に沈めてしまった。こちらには来なかった、と主張するが、ソーンダイク博士は発見された死体の頭部の傷、同時に発見されたロークのパイプと中の刻みたばこ、ナイフの鞘、ボートの細工等からロークの犯行と断定する。
以下は直接推理小説として通常の形態をとっているが、謎解明のおもしろさは変わらない。
前科者
犯人は現場に残された指紋から前科のあるベルフィールド氏と断定されたが、ソーンダイク博士はスタンプによるものであることを見破る。警察に保管されている指紋台帳に近づけるものが犯人。赤い拇指文と似た作品である。
パンドーラの箱
ヒヨシンを使って毒殺した他人のバラバラ死体を、あたかも自分の死体のように見せかけて、箱詰めにし、宝石を奪った事件。
入れ墨が本人と断定する鍵になるのだが、ソーンダイク博士はバラバラ死体を復元して被害者の生前の特徴を割り出し、さらに入れ墨が死後入れたものである事を見破り、犯行を明らかにする。
暗号錠
クロノグラム(文章や文句の中のローマ数字を加えると年号がでるそれを言う)を使って暗号錠の開け方を記した文書の解読がかぎ。
・Mが千、Dが五百、Cが百、Lが五十、Xが十、Vが五、Iが一。(210P)
アネズリーの受難
ブランド夫人の死体がアネズリーの別荘の床下からみつかる。しかも夜間別荘内で死体を埋めているらしいアネズリーをのぞき見たという目撃者が二人も現れてアネズリーが疑われる。しかしソーンダイク博士は目撃者が見たものは映像であったと見破る。
空騒ぎ
ハガード夫人の、夫イングルが心臓肥大で死んだという訴えで、保険会社は保険金を払うが、「本当の妻は私。あの死はあやしい。」とマーガレットなる女性が訴えでた。調べて見ると、死亡証明書はインチキ、その上火葬した骨を掘り返すとなんと羊の骨。実は事業で失敗したイングル氏がハガード夫人と共謀して、自分が死んだことにし、保険金をだまし取ったものだった。
ポンテイング氏のアリバイ
ミス・フォーセットが自室で喉をかききられて死んだが、被疑者のポンデイング氏は「自室にいた。隣室の男たちの唄がうるさくて抗議した。」と抗弁。この証言は同時に隣室の男たちのアリバイにもつながった。しかしソーンダイク博士は男たちの歌声が蓄音機であることを見破る。