Xの悲劇    エラリー・クイーン

新潮文庫 THE TRAGEDY OF X 大久保 康雄 訳

 大久保康雄の解説によれば、エラリー・クイーンというのはマンフレッド・リーおよびフレデリック・ダネイという従兄同志の関係にある二人のアメリカ人の合作上のペンネームである。生年は二人とも1905年でリーは1月、ダネイは10月に生まれた。処女作は1929年の「ローマ帽子の謎」である。1941年にEQMM(エラリー・クイーンの探偵雑誌)を発刊した。
 「Xの悲劇」は1932年、別に作ったバーナビー・ロスというペンネームでヴァイキング・プレス社から出版された。その後書かれた「Yの悲劇」「Zの悲劇」「ドルリー・レーン最後の事件」とともに4部作をなしている。クイーンとロスの関係は、初期の頃、隠されており、それがまた大きな魅力となった。
 探偵役のドルリー・レーンは1871年ニューオルリンズ生まれで、1894年にハムレットに主演した。その後1927年57才で隠退し、広大なハムレット荘に住むが、昔を回顧し毎年4月23日にハムレットを自宅で演じる、ということになっている。

さて、作品自体は3幕35景プラス舞台裏という演劇スタイルになっている。幕毎にアウトラインを述べると以下の通り。
(第1幕)ブルーノ検事とサム警部が最近おきたロングストリート事件の件で、ハムレット荘に相談に来る。事件のあらましは以下の通り。
 証券業者のハーリー・ロングストリートは、友人たちを呼んで、女優のチェリー・ブラウンと結婚することを宣言した。軽食の後、全員で市電に乗り、食事の用意してあるウエスト・エングルウッドの自宅に向かう。ロングストリートがおりようとして、ポケットに手を突っ込むと何かが彼の手を刺した。まもなく苦しみ出して死亡。50本以上の針のつきささったコルクボールがポケットから発見された。その先端には殺虫剤を煮詰めて作ったニコチンが塗られていた。捜査の結果ロングストリートはデウイットと共に南米で一緒に働き鉱山でもうけ、12年前にアメリカに渡り一緒に仲介業を始めた。ロングストリートは女癖が悪くデウイットの妻や秘書に手を出しており、最近はデウイットとも良く言い争っていた。そのような状況は分かったが、乗客全員を調べても、誰があんなものをロングストリートのポケットにいれたかは皆目分からない、と言うのである。
 (第2幕)「私は犯人について知っている。指定時間にウイーホーケン渡船場に来い。」という匿名の手紙が届き、レーンとサム警部が向かう。ところが着岸しようとしたモホーク号から男が転落、船と岸壁に挟まれて死んでしまった。顔は破壊されていたが着衣から皆は車掌のチャールズ・ウッドだという。乗船客にデウイットがおり、レーンが疑問を呈するにも関わらず、ブルーノ検事は強引に逮捕・起訴してしまう。しかしデウイットの裁判は第二の事件発生当時被告が怪我をしていたことが発覚、犯行は成しえないことが証明されてしまう。
 (第3幕)ホテルリッツでデウイットの釈放をいわうパーテイがはねた後、デウイットはレーン、弁護士のブルックス、娘のジーン等と共に列車で自宅に向かうが、途中で姿が消え、気がついた時には射殺死体となっていた。コリンズという公吏が身元不明の車掌と共に姿を消し、後に自殺するが、彼はロングストリート、デウイットと金銭問題を起こしていただけだった。レーンは、もう殺人は起こらないと断じ、弁護士立ち会いの元にデウイットの秘密の金庫を開けると、犯人の脅迫状が見つかった。「つぐないの覚悟をしろ!」ウルグアイ当局の話によれば、12年前ウルグアイのブラジル系の若い妻が殺され一人の青年が逮捕され、仲間3人の供述によって有罪となった。その青年が脱獄し、捜査中である・・・・。

 ぬれぎぬを着せられた男の復讐談。犯人は列車、あるいは連絡船の車掌に成り済ましていた。たしかに車掌と言う仕事、他人からは目立たない物である。そして犯人とドルリーレーンがかくも多くの人に変装するところもミソ。なおタイトルのXは未知数のX、切符のパンチの後のXである。(1932 27)
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