角川文庫 THE TRAGEDY OF Y 田村 隆一 訳
「プロローグ」 2月、ニューヨークの富豪、ヨーク家の当主で化学者のヨーク・ハッターが失踪し、その死体が2ヶ月後に埠頭からあがった。青酸中毒だった。ハッター家には、この家を取り仕切るヨークの妻エミリー老夫人、どこか異常な3人の子、詩人のバーバラ、遊蕩児のコンラッド、淫奔なジル、コンラッドの妻マーサとその子で悪童ぶりを発揮する13歳のジャッキー、4歳のビリー、エミリーの先夫の娘で盲目で聾唖の三重苦に悩む40歳のルイザ等が住んでいた。4月、ルイザに用意された卵酒を飲んだジャッキーが倒れた。ジャッキーは幸い一命は取り留めたが、卵酒の中にはストリキニーネが入っていた。誰が毒薬を用意し、卵酒にいれたのか?
「第1幕」 この事件をサム警部がドルリー・レーンのもとに相談に行く。しかしデータがなく監視を続ける以外他はない。6月、サム警部の要請でレーンが駆けつけると、ルイザの横に寝ていたエミリー老夫人が撲殺されていた。なんと凶器はマンドリンらしい。しかもルイザは果物好きで有名だったが、果物皿にはルイザの好きな梨1個が追加されていたがそれには塩化第二水銀が注射されていた。一方ルイザは「夜中に犯人らしいものの鼻と顔に触った。すべすべした肌だった。
ヴァニラの匂いがした。」と証言した。現場からコンラッドの足跡が見つかったが、彼は今はその靴は使っていないと証言した。死の部屋と子供たちの部屋の間に故ヨーク氏の化学実験室があり、封印してあったが鍵を開け、棚を調べると、青酸カリや塩化第二水銀が減っており、三脚床几を使った形跡があった。その実験室から夜中に突然出火、灰燼にきしてしまった。
「第2幕」 レーンが調べると、背中合わせになった暖炉を通して、死の部屋から実験室に忍び込む事が可能なことが分かった。レーンは、問題の梨が腐りかかっていたことから、犯人は、ルイザ殺しに見せながらルイザを殺すことは全く考えていなかった、現場の状況からマンドリンはわざわざ凶器として使うために持ち込んだ、と考える。さらにヴァニラの匂いを突き止めようとして訪ねた医師から、ハッター家の人々の頭脳が、おそらくは肉体的遺伝によって著しくゆがめられていることを知り、愕然とする。バーバラからは死んだヨークハッターから推理小説が好きであったことを知る。さらに煙道の煉瓦の奥に隠されている白い毒薬フィゾスチグミンと、ヨークの家族をモデルにした探偵小説の梗概を発見した。
「第3幕」 なんと事件はこの梗概に従って進んでいた。この梗概で犯人をYとしているところが題名の由来らしい。レーンは仮病を装って屋敷に忍び込み、犯人の動きを観察、現実を知って捜査からおりてしまった。少しして、ジャッキーが毒を飲み死んでしまった。
「エピローグ、舞台裏」 サム警部の要請で、レーンはやっと口を開く。犯人はマーサをいじめるエミリーを殺すことが目的で、発見した探偵小説の梗概に従って、ルイザを狙うと見せてエミリーを殺し、偽装の火事を起こす等した。冒頭の事件も偽装だった。しかし子供のため多くの証拠を残したし、instrumentを楽器と解釈して、凶器にマンドリンを用いたりしたのだった。冒頭のハッター博士は狂気の一族の前途を悲しみ、自殺したものだった。
殺人の動機等にはやや納得しにくい部分もあるが、非常に良く書けた推理小説である。ルイザの証言から犯人の身長を推定する下り、背中合わせ暖炉の抜け穴、縦横な毒薬の利用、などのトリックも新鮮である。またシナリオのように、場面を単位として書かれた記述の仕方も面白い。
(1932?)
r991105