午前3時のルースター      垣根 涼助


文藝春秋

「ただ敢えていうなら、あの生活をこれからも続けてゆくことに、気持ちがついてゆかなくなった。」
「四十を前にして、すでにおれの葬儀に参列する連中の顔触れも見える、自分にな。しかもそのほとんどが、下らぬ義理や立場で参列する輩…・おれと本気でつきあった奴など、一人もいない。…・・。」(277p)
こういう気持ちで少年の父は、工場視察の為に出張したベトナムで蒸発してしまう。その気持ちが何となく分かる気がし、この作品が気に入った。
旅行会社に勤めるおれはジュエリー・ナカニシの社長中西栄吉から孫慎一郎を年末サイゴンに連れて行ってくれ、と頼まれる。実状を調べると、中西は成功したが、子は女が一人だけだった。婿を取り、ゆくゆくは会社を彼に経営させて、と考えていたのだが、4年前ベトナムに工場視察に出張したおり、会社の金を引き出して行方不明になってしまった。現地警察の話ではとても生きてはいまい、と言うことだったが、偶然テレビに魚をさばいている彼らしい男が映った。母親に再婚話のでている息子は父がどうなったか知りたくて父親に強引に頼んでベトナム行きを決めたのだという。
おれは慎一郎の他に空手三段の源内をつれてサイゴンに到着、サイゴンではカーキチ運転手のビエンと語学に堪能で美人の売春婦メイを雇う。この五人が父親探しの主役となるのだが、どういう訳か次々に妨害がはいる。現地に着くと、ホテルや車の予約はすべてキャンセルされているし、見知らぬ車に追跡され、ガンでねらわれたりする。
どうやら現地の闇の世界をおさえているC.A.Tなるグループが彼らをつけ回しているらしい。しかし同時にこのグループと対立し、売春婦らを守るユニオンなるクラブも絡んでくる。この辺は活劇に次ぐ活劇で大変面白い。そしてようやく、父との面会、しかし今ではベトナムで巨額の富を稼いだ父は冒頭のような告白をするのだ。

この作品で良いと思うところは、現実が良く把握されているところだ。少年の純粋な気持、父親の逃げ出したかった気持ち、そして父親にあわせたくなかった祖父の気持ち(どんなに期待していても逃げ出してしまえばもう戻れない、その辺の捕らえ方)、再婚に流されて行く母親の立場、そう言ったものの書き方が首肯性を持って受け入れられる、と言うことである。同時に良く調べられた現地の描写や歯切れの良い文章も魅力になっている。
010510