十二人の手紙 井上 ひさし


中公文庫

全文手紙で構成されると言う変わった書き方である。それでいながら、24通の公式記録だけをならべた「赤い手」、どんでん返しがあざやかな「隣からの声」、「鍵」、「シンデレラの死」、「玉の輿」、「泥と雪」、劇中劇を用いた「葬送歌」、「桃」など、いづれもこっている。12のまったく関係がないように見える物語は、関係者は最後の誘拐事件で一堂に会して、一つに繋がったような感じになるのである。この手法は若竹七海の「ぼくのミステリアスな日常」などでも使われている。
プロローグ悪魔
岩手出身の柏木幸子は、下町の船山商事に集団就職するが、やがて社長の毒牙にかかる。妻と別れて結婚する、と言う話が真っ赤な嘘と知って、お嬢さんの首を絞めてしまう。
葬送歌
中野慶一郎は私立女子大の学生小林文子から、自分の戯曲を見てもらえないか、との依頼を受ける。中野は散々こき下ろした返事を書くが、しばらくして自分の若いときの作品を真似たものではないかと疑い出す。小林からの返事「大学で中野慶一郎展を企画している。何度頼んでも返事をもらえなかったので、先生の若いときの作品を自分のものと偽って、あの手紙を書いた。その結果二度も手紙をもらいうれしい。展覧会にはぜひ来てください。」
赤い手
母の死と共に生まれた前沢良子はベトレヘム天使園に引き取られ、やがて洗礼を受けるが焼芋行商の北原と結婚。しかし火災で子を失うなど悲劇が続き、結局また一人に、最後は交通事故に遭う。ボロボロになった彼女は再び天使園を訪れたのだが…・。
ペンフレンド
北海道旅行を計画した本宮弘子は旅の雑誌に案内者を求める文を載せ、網走の酒井なる男を選ぶ。うまく行き掛けたが職場の向かいの西村が「彼は刑務所から出しているのかもしれない。」と助言。手紙でその事を言うと「ばれたか。それじゃあ、あばよ。」と酒井からの返事で西村と行くことになったが…。
第三十番善楽寺
浅草で行き倒れているところを発見された古川俊夫ほとんど口を利かない。絵にしばらく夢中になったがまた消えてしまった。彼は四国の善楽寺に拾われ洗濯挟みを作っていた。そこで金の分配を能率給にしたところから問題が起こった。
隣からの声
水戸博子は夫がオーストラリアに赴任しさびしくて仕方がない。夫に切々たる手紙を書くが、そのうちに「隣のおばあさんのもとに娘夫婦が転がり込んできた。ところが夫婦はおばあさんの財産をねらっているようで、おばあさんを殺しかねない勢いです。どうしたら良いでしょう。帰ってきて…。」夫の水戸悦夫から相談を受けた精神科医師の平塚が調べると、となりのおばあさん一家はしごくうまく行っている…。

鞍馬山中で山の絵に取り組んでいる鹿見木堂のもとに妻の貴子から連絡。賊が侵入し、聾唖の番人梅野が教われ、絵を奪って逃走したと言う。警察は犯人は交代でくる住山か、木堂は貴子自身ではないか、などと疑う。しかし貴子が木堂の依頼でやってきた警察に種明かし。梅野と犯人が交わした4枚の筆談メモの頭文字をつなげると「ミナウソ」になります。

有名夫人のあつまりであるサロン・ド・シャリテは、孤児の面倒を見ている白百合学園に多額の寄付を送ると共に一日母親をやりたい、と申し出る。しかし園長は「私たちの立場を考えてくれ。」と、「桃」という短編にたくしてやんわり断る。
シンデレラの死
塩沢加代子から恩師の青木先生にあてた手紙と返信。長岡を飛び出した私はスーパーで働く傍ら、演劇スクールに通っている。今度新人講演で主役に抜擢され、がんばっている。あるプロダクションの宣伝部長の目に留まった。オーデイションを受けることになって、いんちきとわかり、体を奪われた。前途を悲観して私は死ぬ。…・これらは実は自殺した加代子のもとから見つかった手紙の山。内容は全部嘘、大きな夢を見ていたのだ。
玉の輿
私長田美保子は、あなたが好きだったけれど、病気の父の面倒を見てくれると言う花山酒蔵の社長の息子と結婚し、秋田に旅立つ。そうしてその結婚が破局にいたるまでの数々のカーボン複写書類。最後に離婚して東京に戻ってきました、との手紙。実はカーボン複写書類はすべて書籍を模範にして書いたものだった。
里親
甲田和子は、中野慶一郎の弟子の藤木英夫と結婚するが、中野が散々藤木の作品をけなした上、自分の作品として発表しようとしているらしい、と知って殺害してしまう。しかし中野の遺稿は「砂糖屋」、和子が盗まれると考えた作品は「里親」…・。
泥と雪
離婚届に印をおさぬ津野真佐子のもとに昔の同級生と称する佐伯孝之から贈り物とラブレター。だんだん本気にしてしまう。その佐伯がパリに赴任とあって、ついに判を押す決意。実は佐伯は夫と愛人の作り上げた架空の人物。
エピローグ人質
雪深い山里のホテル5階の宿泊者を人質にとって男が篭城。男はエピローグで出た柏木幸子の弟弘。宿泊者は12の手紙の関係者。姉の幸子が到着し、事件は解決したが、幸子を犯した船山太一は飛び降り自殺した。解放されて鹿見木堂は、妻に言う。「船山太一が飛び降りた場所に雪がなかったのはなぜだろう」(1978 44)
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