悪魔の百唇譜         横溝 正史


角川文庫

昭和35年6月22日。
未明の成城学園で巡回中の巡査が、前夜から停車している不審なオースチンのトランクを開けたところ、胸をえぐられ、その血溜まりに「ハートのクイーン」を浮かべた女の死体を発見した。女は李朱美、かって赤坂へんのナイトクラブに勤めていたが、今は李泰順の妻、死体発見現場から五百メートルのところに住んでいた。一家はこれにお手伝いの古川ナツ子を加え三人。死亡推定時刻は前夜八時頃。李は江南産業を経営していたが、営業部長坂巻啓蔵によると、李は大阪に出張準備中、彼自身は水原ユカリという女優とよろしくやっていたと言い、共にアリバイは成立しているようだ。
朝7時、今度は世田谷の弦巻町住宅街で盗難届の出ているトヨペット・クラウンが発見され、そのトランクから今度は17,8歳と思われる男の死体が発見された。胸を「ハートのジャック」を突き刺した短剣でえぐられていた。被害者の名前は園部隆治。
去年の秋、世間から忘れられた流行歌手都筑克彦が自宅高級アパートで刺し殺された。彼は一葉ごとに関係した女の唇の写しとオルガンの特色を書いた「悪魔の百唇譜」なる小冊子を持っていた。それを強請の種に使っていた様なのだ。この事件の第一発見者が園部隆治で、彼は一時疑われたが、アリバイがあった。事件は迷宮入りになった。
この奇怪な事件に金田一耕助が等々力警部と共に挑む。
李泰順は非常に嫉妬深い男で、部下の坂巻と渡部貞雄を使って妻の行動をひそかに調べさせていた。古川ナツ子は、非常に好奇心の強い女の子で、李朱美のハンドバッグの秘密を知っていた。秘密のポケットから出た写真と夫に宛てた手紙は、彼女がかって都筑に犯され、強請られていたこと、都筑が殺された後は、園部に強請られていたこと、強請のもとになったフィルムがまだ恐喝者の手に残っていることを告げていた!
やがてトヨペットから発見された洋服のボタンを突きつけられた李泰順が、嫉妬に狂い妻を尾行した事を白状した。すなわち「自分のオースチンを自宅に戻し、トヨペットを盗みだし、会社にはアリバイ作りのために神戸出張を発表し、妻が家をでて行動に移るのをまった。やがて妻はオースチンで出かけ、自分はトヨペットで後を付けたが、見失ってしまった。その時何か別の車につけられている気がした!トランプのカードに自分の探検で傷を付けたこともある。」
どうやら犯人は李泰順の行動を逐一知っていて、彼に罪を着せようとしたらしい。李泰順の行動の事実をしゃべった人物として、園部隆治の周囲にいた白川勝三なる人物が浮かび上がった。白川勝三とは何者か。それにしてもこれらの犯罪はとても一人ではできそうにない。共犯者がいるとすれば誰か。またあのフィルムはどこに行ったのか!
アリバイ崩し、宝探し等が縦横に使われた本格推理小説である。なんとなく洒落ている。犯人の李泰順の犯行に見せるために取る数々のトリックが面白い。

蛇足

それにしても昔はよかったですなあ。今なら
「お前の彼氏とやっている写真を撮影した。ネガを売ってやるから金をだせ。さもないとばらまくぞ!」
「いいとも、ばらまいてごらんなさいよ。」
「ホントにいいの。」
「当たり前よ。でもあなた私に一服盛って写真を撮ったのね。婦女暴行罪で訴えるわ。」
「それから盗み撮りでしょ。警察に訴えるわ。イマドキノオンナハオソロシイ!


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