悪霊の午後         遠藤 周作


講談社ハードカバー

作者は1955年に「真昼の悪魔」を上梓し、悪魔の潜む女医を見事に描いたが、この作品はその3年後に書かれたほぼ同様のモチーフの作品と言える。
有名作家の藤綱の教え子南条が自動車事故死した。同じ教え子菊池の紹介で南条の美貌の妻英子を秘書として雇う。万事に控えめで良く気がつき、いつしかその魅力に惹かれて行く。一方菊池も英子に「夫の死が単なる事故ではない気がする。」などと言われて調べだし、同時に惹かれる。
しかし菊池は英子が時々残忍な様子を見せたり、子供の時両親が離婚して男性不信に陥っているらしいと知る。さらに英子が青山のマンションに第三の男がいるようにも見える。菊池の話を聞いた藤綱はどうも英子には魔の影があると心配し、解雇する。
英子は昔の友人木原知子を頼って、知子と同じ画廊に勤めるようになる。しかし英子はたちまち画廊で主役になり、木原を追い出した上、上得意で老齢の荻野画伯に取り入る。そして逆に画廊の武藤社長に注文を付けるようにさえなる。英子を追い続けた菊池は、荻野が青山のマンションで英子の元、まるで赤ん坊になるのを発見し、愕然とする。
藤綱は英子の事を心理学者の宮島教授に尋ねる。修道院時代、中学時代などを調査した上、宮島は「人間にはそれぞれ表面にでない潜在欲望がある。ところがその欲望がある或る能力をもつ異性と出会うとむきだしになることがある。このような女性をネクロフィラストと言うが英子はそういう女で、悪女以上だ。」と喝破する。
英子は次第に悪魔の本性を現してくる。マンションに忍び込んだ菊池は英子と対決、その目に射すくめられ、命ぜられるままに兎を絞め殺す。証拠を挙げて、英子に迫った藤綱は、英子から逆に「自殺するのよ。」との暗示を受ける。その日から藤綱は仕事に実が入らなくなり、夢を見ているように感じ自殺を考える。病院に収容されるものの、屋上から飛び降りようとしたり、あるいは睡眠薬を飲んだりする。
宮島は悪魔学を研究し、英子に悪魔がとりついていると断定する。痣、とがった耳、英子のそれらはその証拠だった。しかし宮島が迫っても英子は笑い飛ばし、藤綱にこれ以上手を出すな、との願いも拒否してしまう。しかし宮島の話を聞いて、藤綱の妻慶子は敢然と夫を守る決意を固める。
慶子と英子から出て藤綱には入り込んだ悪魔の対決が始まる…・。

最後に前世がバリ島に住む魔女チャロンアランであるとしたり(347p)、英子に悪魔の徴候が見えたり、実際悪魔が蛾の形で現れるところ等が「真昼の悪魔」と比べると、オカルトっぽく、すごみも出ている。

・ まえがきから
「この小説は今まで私が書いたエソターテンメントとは非常に趣を異にしていると思う。新聞連載中も読者からその疑間を手紙にもらったことさえあった。
私はこの小説をユングの影の間題から刺激をうげて書いたことを率直に告白したい。我々の心の奥には世間でみせる我々の顔とは別の秘密の顔がある。それを当人さえ気づかぬこともある。その秘密の顔は無意識に抑圧された、ある意昧で本当の顔だが、しかしそれを表面に出すと我々は社会的に生きていけない場合もある。ユングはそれを影といった。
「ジキル博士とハイド氏」の話は有名だが、しかしこれは人間誰にも存在する命題なのだ。この小説はある意昧で私の「ジキル博士とハイド氏」である。」
・ 犯罪者の心の中には自分の犯した罪の不安から逃げるため、全く過去を忘れようとするものとその過去の場所にわざわざ出かけるものの二つのタイプがあるようです。(57p)
・ 悪縁を作る女性(168p)
・ ルタンの悪魔にかんする十二章やブリエコフの悪魔の世界、メールリンクの悪魔の存在…(185p)
(000626)

(1983)