ぼくたちの好きな戦争     小林 信彦


新潮文庫

 太平洋戦争を素材にしたこの作品はしんみりした書き出しで始まるが、すぐにでたらめの限りを尽くした辞世の歌ギャグ大会に転調し、陽気な狂乱の内に玉砕へなだれ込む。再びまじめに?開戦前夜の東京下町の和菓子屋柏堂の跡取りの大作、画家を目指す弟の公次、永井均一座で均の代役を勉める末弟史郎、大作の子誠の紹介へと話が進む。しかしそれにはマルクス兄弟の笑いやアステアの踊りなど芸能界の話題とギャグがふんだん。よほど事情に詳しくないとついてゆけないくらいだ。
 章が変わると太平洋戦争が始まり、芸能慰問団としてシンガポール、マレーシア、インドネシア等で活躍させられる史郎と相棒の江戸勘太の話が中心になる。このあたり、芸を追求しながら軍部の意向には逆らえず、妥協して行く苦労がにじみ出る。そして史郎と公次のジャカルタでの再会。
 話はまた急に転調。ベンドルトン少尉の作り話が始まる。真珠湾攻撃を悪い冗談位に思っていたアメリカは、ようやく戦争と認識。俳優のギャレットを戦死したユガワラ将軍になりすまして、日本に潜入させる。彼は日本が禅爆弾なるものを開発したことを知る。
 そしてまた戦争末期の日本の様子。空襲がはげしくなっているのに、大作は自分の家を「焼けるはずがないのだ。死んだ姉さんの霊が護ってくれる。」と手放さない。学童疎開にゆきながらいじめに遭い戻ってきた長倉仁の面倒を見る誠。
 またまた転調。アメリカは禅爆弾のおかげで戦争に負けて二分され、西半分は日本が支配することになった。ギャレットは、そのままユガワラ将軍を装い続けてニコゴリ元帥とも親しかったが、とうとうばれてしまった。この辺日米両文化の違いをユーモアたっぷりに見せてくれる。
 今度はまた南方の島の話。ベンガウル島で日本軍は、徹底抗戦をはかったが玉砕。しかし運良く史郎は助かり、降伏する。やがて彼は、アメリカの放送に登場し、戦争の真実をギャグまじりに伝え始める。そのことを焼夷弾で焼け尽くされて行く東京の下町で、大作や公次が知る。盲腸炎を患った誠は、本土決戦まで生きることが出来たらと考え、自分の見聞きしたことを書き留めて置こうと決心する。

 一見ユーモアにギャグ、それに嘘まで加えて茶化しているように見えるが、そこにペーソスがある。柏堂三兄弟の悩みと行動を通して、我々の現代を生き方に対してヒントを与えているように思う。古い伝統に固執しようとする大作、戦争に協力して行こうとする公次、降伏して捕虜になったら変わり身早くアメリカべったりになる史郎、それぞれがその時々に悩んだ末の行動パターンで必ずしも誉められるものではないが、示唆に富んでいる。また禅爆弾が飛び出し、アメリカが負けるというインチキ小説は、日本的考え方と米国的考え方がもろにぶつかり合い、にやりと笑わずにはいられない。最後にタイトルも良く考えたものですね!

・「この中尉は変わっています。弁護士の資格を持っているので、法律の知識を駆使して、あらゆる物品を巻き上げます。」
「じゃ、このバーボンは?」
「この船に本物のいかさま師が乗っていますからね。逆に巻き上げてやったのです。」
・・・・・・
「その中尉はなんという名前だ。」
「リチャード・ニクソンです。」(187p)
・この<縮小>の美学こそ日本人の心の秘密です。自然だけではなく、彼らは、元々小さい自分たちの肉体をも縮小しようと、温泉に入って熱い湯でボイルします。一度入るごとに0.5インチは縮まるという統計が出ているほどです。(303p)
・日本人は天皇のために、イギリス人は名誉のために、アメリカ人は戦利品のために戦う。(357p)
・モロトフのパンかご(386p)


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