光文社文庫
昭和7年という年は上海事変が勃発し、満州国が樹立されるなど、アジアに向かって勢力を伸張する一方、昭和4年以来の世界恐慌、前年に起こった東北大飢饉などにより親子心中が続発するなど、暗い面も強かった年である。このような中で前年10月には若槻内閣の満州事変不拡大方針に反対する大川周明等のクーデター事件が発覚、2月には井上準之助前農相が小沼正等に狙撃され即死、三月には実業家団琢磨の銃殺されるなど事件が起こり、井上日召等の血盟団の存在が明るみに出た。こうした流れの中で5.15事件が起き、犬飼首相等が暗殺される訳だが、この事件の陰にもう一つの企てがあった。この作品が扱う来日中の世界的喜劇俳優チャップリンの暗殺計画である。
…・テロか。
…・いや、クーデターだ。
…・言葉はどうでもいい。このただれきった世の中に、針をぐさりと突き刺して膿をかきだすんだ。
冬の太陽が、筑波の山影を際だたせて沈んで行く。コンパスで描いたような太陽は、血の色だが光芒はない。急速に忍び寄る夜の兆しに逆らうように、周りの空を浅緋色に染め上げているばかりだ。
この作品は、このような藤井大尉、古賀中尉、日陰中尉、中村大尉の海軍若手が謀議をかわす緊張したシーンで始まる。次の章で質屋強盗をし、主人を殺した柴が加わる。一方井上日召を中心とするグループは彼らに先立って一人一殺を旗印に立ち上がろうとしていた。犬養首相。床次鉄道大臣、鈴木司法大臣、若槻前首相等々がターゲットだ。そのような状況を察知した当局は犬養首相を守る榊哲治郎を中心に対策を模索する。
そのころこうなり名遂げたチャップリンH.G.ウエルズと会談し、ヨーロッパにヒトラーという化け物が出現した事を嘆き、日本にもその気があると恐れた。同時に日本訪問の意向を明かす。この情報を得た日陰等は同時にチャップリンを暗殺し、世の耳目を集めようと考え始める。一方日陰の加奈子は兄の身を案じ、榊に相談に行く。
やがて井上準之助前農相と団琢磨殺害を土産に井上一派が壊滅して行く一方で、日陰等の計画は陸軍の賛同者も得て、一歩一歩具体化して行く。決起に参加するのは総勢27名、内訳は海軍側7人、陸軍側12人、日召の主宰していた愛郷塾7人他である。首相官邸襲撃、牧野内大臣邸襲撃、政友会本部襲撃、三菱銀行襲撃、帝都を闇に陥れるべく六ヶ所の変電所襲撃、チャップリン暗殺などである。5月14日、チャップリンが神戸に到着、翌日9時20分列車にて東京到着!
不気味な時代が良く描かれていると思う。ただ、首謀者達がどうしてこのような考え方を取ったのか、チャップリンを殺すことにどのような意味があったのか、首謀者達はクーデターが成功した暁にどのような日本を作ろうとしたのか、そう言ったものの書きこみに物足りなさを感じた。
010717