新潮文庫
読みかえし解説によると「「素晴らしい日本野球」「素晴らしい日本文化」という二つのエッセイで日本のごく一部の読者に知られたフラナガン氏が、このたびは「松尾芭蕉の人間像に迫ってみせる」と称して「ちはやふる奥の細道」を上梓した。彼のエッセイには(思い違い)も多いが、SFの中にまで芭蕉が登場する時代、何かの参考までに・・・」と小林信彦が訳した、という。
早速、序章の沈黙の音(サウンド・オブ・サイレンス)から抜書きすると
・Eating Oysters. The bell sounds, Of Horyuji Temple.
(かき喰えば鐘が鳴るなり法隆寺)
これを単純に解釈すれば(牡蠣を食べていたら法隆寺の鐘が鳴った。ああ、今年も、もう、Rのつく月の季節になったのだなあ)
・ ワビとサビは(日本人特有のあいまいさのゆえに)、ワビ&サビ、という風にいっしょに用いられる事が多い。それどころか。ときには(ワサビ)という形で、一つに括られてしまうことさえある。
・ 結論から言おう。のちの芭蕉、幼名松尾金作は、忍者の子として、あらゆるテストに落第したのである。そして、このように見るとき、例の(古池や)の句は、まったく違う意味を帯びてみえてくるだろう。
古池や蛙とびこむ水の音
そこには(水ぐも)をひっくりかえして、池に沈んでしまった(不甲斐ない忍者の子)のコンプレックス、精神的外傷の叫びが潜んでいる。(この場合、蛙はもちろん芭蕉自身をさしている。第二次大戦中、われわれも水中の勇士を(フロッグマン)と呼んだ・・・。
芭蕉は生涯で多くの旅をし、俳句を残している。しかしそこに裏の目的があった。芭蕉は仏頂禅師から「幕府の最大の財源は鉱山だ。この収入が、とんと、少なくなったらしい。・・・」と聞き、精神的外傷をいやすべく、あれを実行に移そうと曽良と共に出かけたのだ。芭蕉の旅を怪しく思った水戸光圀が安積覚兵衛、佐々介三郎と共に後を追う。さらに光圀と対立する幕府の隠密や芭蕉を守ろうとする忍者歌丸も追い、話を複雑にするが、それらがパロデイづくしで語られる
芭蕉は平泉から新潟に出た。そしていよいよ佐渡に渡ろうとするが、歌丸の助言でここまで光圀の手が伸びていることを知る。「荒海や佐渡によこたふ天河」は「佐渡に渡る事が目的だったのに、おのれ光圀め!」の思いがこめられている。
しかし金沢で遊女とバカ騒ぎし、「一つ家に遊女も寝たり萩と月」と詠むなどして光圀一行をまく。今町から釣り人を装って佐渡にわたる。うまい具合に金山に入り込み、様子を探るが、絵図面を奪われたりとらわれたりするがほぼ金山の全容を知る。実は芭蕉は金山を爆破し忍者としての地位を高めようとしていたのだ。しかし今度は追いついた光圀一行が行く手を阻む。芭蕉は秘伝の「さるみのの術」を使って対抗する・・・。
この荒唐無稽な小説をどう考えたらよいか私は迷った。そこで著者の後書きやら色川武大の「ギャグによる叙事詩」を読んでみた。
「ギャグを並べるという新奇な手法で一遍の小説にしたてたものである。」はそのとおりだが、その狙いは
「外国人の日本誤解というギャグ形式をとおして、カルチャーギャップ、ものを理解しあうということがいかに難事であり、東だの、西だの、昔だの今だのに限らず、結局は自分の体質プラス一種の建前でしか語り合えないという点にポイントがおかれている。またこのことはカルチャーギャップにとどまらず、自分たちの育んだ文化、自分たちの体質に根ざした文化的権威そのものまでが、ひょいと見方を変えると一瞬にしてナンセンスなものに変わっている恐ろしさを語っている。」(一部修正)
とする色川の指摘が一番あたっているように思えた。
040628