第三の女    夏樹 静子

それほど期待していなかったが、実に面白くロマンチックで、彼女の代表作にもなりうるものと感じた。

秋、バルビゾンにある古いホテルシャトー・シャンタルのサロンで、国立J大学衛生学助教授大湖浩平は、鮫島史子と名乗る美貌の女性とめぐり合う。雷鳴、停電、サロンには二人だけ。互いの顔も見えぬ中、女は、二年前人を殺した永原翠なる一人の女を殺したい、という欲望を持ち続けていると告白する。

大湖にも実は殺したい男がいた。同じ研究室の吉見昭臣教授である。あるお菓子に含まれていた発がん性物質が原因で、多くの子供が小児癌でなくなった。ところが鑑定を依頼された吉見はメーカーの意向を受け、大湖のやった調査結果をねじまげて報告したのだ!(この辺、「第三の男」を髣髴とさせる。)互いの心のうちをさらけ出しあったあと、闇の中で二人は関係し、相互の理解は頂点に達し、交換殺人の黙契がなりたったように感じた。

この出だしは実にロマンチックであり、同時に非現実的である。しかし、この作品が作者の他の作品とは違って、ウールリッチ作品のもつようなロマンチシズムを感じられた。そこが魅力であり、私は好きになった。

大湖は帰国したが、吉見は、うるさい大湖をアラスカの僻地に飛ばそうとしていた。そんなおり、吉見が自宅で青酸カリにより毒殺された。大湖は疑われる立場にあったが、謎の女性に呼び出されたため鉄壁のアリバイがあった。

大湖は、あの女が約束を果たした以上こちらも約束を果たすべきだ、と考えるようになった。標的の永原翠は箱根のホテルエメラルドビュー社長令嬢と判明した。彼女は二年前翻訳家妻ある久米倫也と恋におちた。久米は、自宅アパートでガスストーブ事故で亡くなった。そのとき翠も調べられたが、決定的なものがでず、事故として処理されていた。バルビゾンで聞いた話と一致する。大湖は、ホテルにピアノ演奏に出るときを狙って待ち伏せ、翠を殺害した。

大湖は、一方で鮫島史子探しを続けた。翠のピアノ演奏を聴いたとき、翠と母親とともにいたフミ子なる女性が鮫島史子と考えたが人違いだった。次に久米倫也の妻悠子ではないかと考えた。彼女は北鎌倉の豪邸の離れに隠れるように住んでいた。いくつかのサインを出して確認した後、彼女を呼び出すがこれも人違いであった。

その間に古川刑事を中心とする警察側は捜査を進め、大湖にも次第に疑いの目が向けられるようになった。

それでも一目鮫島史子に会いたい、と考えた大湖は、次に史子は翠の妹永原茜ではないか、と考えた。茜は、大湖の誘いに応じた。二人は、エメラルドビュー近くのボートハウスで密会する。ほの暗い中で、大湖は、再開の喜びに浸りながら彼女を抱く。しかし、驚くべきことに気がついた。バルビゾンであった鮫島史子は、耳をピアスで飾っていたが、茜にはピアス穴がない!

あざやかなどんでん返しで読者をあっといわせる作品だ。トリックというのは少々無理があっても大きな、読者を唖然とさせるようなものを使ってもらいたい。その点でもこの作品は実に魅力的であると感じた。

交換殺人というテーマは古くから推理小説で取り上げられている。私の読んだ範囲ではフレデリック・ブラウンの「交換殺人」、山村美紗の「黒の環状線」などがある。また夏樹自身の短編「見知らぬ敵」もそうである。そういった状況の中で、オリジナリテイをいかに持たせるか、というのは難しいところだが、この作品は見事にクリアーし、読者をうならせるものを持っている。

またアガサ・クリステイの作品に「第三の女」という同じタイトルの作品がある。あちらは神経質そうな娘ノーラがポワロをたずね、「自分は誰かを殺したのかもしれない。」と告げるところから始まる。結局最後で彼女はアフリカ帰りの父親と称する男とその女から、そのように思い込むように仕向けられていたという作品である。この作品は、意識してタイトルは同じにしてあるものの、内容と雰囲気は大分違う。

020820