角川文庫
幻想を愛し、奇行で知られたシュールレアリズムの巨匠サルバトール・ダリ。彼の心酔者で、宝石チェーン社長堂条秀一が六甲山の別邸で殺された。死体は、そこに入れば、母の胎内に戻ったような安らぎを感じるという、現代の繭とも言うべきフロートカプセルの中に横たえられていた。しかも彼のトレードマークであったダリ髭がない!謎に推理作家有栖川有栖と犯罪社会学者火村英生がいどむ。
最初は鉄壁のアリバイを持つかに見えた関係者だったが、まず秀一の義理の弟で広告会社に勤務、秀一の会社に出入りしていた吉住訓夫に容疑がかかった。彼は堂条が殺された夜、彼に招かれて別荘に行った、フロートカプセルに五十分間入れてもらい、良い気持になった、ところが出てくると隣室で堂条が撲殺されていた、自分に疑いがかかることを恐れて、フロートカプセルに堂条の死体を入れた、なぜか血がついていた脱衣箱の衣装と凶器と思われた木製の悪趣味なヴィーナス人形を回収して逐電した、と白状した。しかし彼は自分は決して堂条を殺していないと主張する。
捜査を進めると、堂条と社内の若手デザイナー長池伸介、あるいはその上司の相馬智也は秘書の鷺尾優子を廻って恋の鞘当てをしていることが明らかになった。しかし鷺尾は長池と婚約している、社長とは関係ないと主張する。その長池は当夜、社長に命ぜられて自宅で宝石のデザインを考えていたと主張。朝方ファックスでその案が別邸に送られていた。
しかし事件は思わぬところから真実を見せはじめる。ヴィーナス人形が発見されその出所が調べられた。鳥羽の「いわたや」という土産物屋で売られたもので、発売以来二体しか売れていない。一体は長池が購入している。もう一体は変装した何者かが購入していったという。火村が大胆な仮説を購入者を追求するとなんと堂条秀一!
繭になるべき女性を奪われた男は、奪った男の抹殺を考えた。自宅に密かに呼び付けて殺害し、死体を奪った男の家まで運ぶ。さらにアリバイを確保するために第三者を呼び、フロートカプセルの中でしばらく眠っていてもらう。戻ってきて対面すれば、第三者は男が自分と一緒に過ごしていたと主張するだろう。計画は完璧に見えた。しかし男は返りうちにあってしまった!
非常に良く書けたエンタテイメント小説と思う。成功の原因を考えてみると(1)殺害を計画したが返り討ちに遭って、おかしな状況ができあがった謎を解くという設定(2)ダリ趣味とフロートカプセルを持ち出し、さらに子宮論にまで発展させたこと(3)文章がわかりやすくこなれていること、などが挙げられようか。
・ ダリは自叙伝「わが秘められたる生涯」の中で、彼が「まだ自分が母親の子宮内の存在であった誕生以前のあの高度に重要な時期について(中略)まるで昨日のようにはっきりと覚えているのだ」と記している。(66p)
・ 宝石の四条件(220p)
・ アナグラム蝋燭屋=クソ野郎 サルバドール・ダリ(Salvador Dali)=ドル亡者(Avidadollas)(268p)
・ ダンガリーシャツ(317p)
・ 古代の日本における罪と罰(353p)
・ 被害者の有責性=(1)完全に責任のない被害者=通り魔犯罪の被害者等(2)有害性の少ない被害者=無茶な堕胎を行ってみずから命を落とす女性等(3)加害者と同程度に有害性のある被害者=どっちもどっちの喧嘩の敗者(4)加害者よりも有責性のある被害者=加害者を挑発して犯行にいたらしめる等(5)最も有責性がある被害者=正当防衛でダメージを受けた被害者等(426p)
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