新潮文庫
福岡の名愛建設は相川宏が起こした会社で、官公庁から受注する土木工事が主体の中堅会社である。十年前に相川が病死して以来、娘の万智子の夫時津逸人が二代目社長となった。その時津は今癌かもしれぬと診断されて恐怖に駆られた。
そのときになって若いときに万智子と結婚するために、妊娠させ、おろさせ、子ができぬかも知れぬ体にして捨ててしまった高坂史という女性を思い出し、償いをしたいとの気持ちに駆られた。
医者の診断結果は癌ではないことが判明し、一安心するが、その思いは捨てきれない。前橋のレストラン「花むら」で働いていた彼女を見つけ出すが、史は交通事故にあい、時津との記憶を喪失しているらしい。そこで彼は幼馴染の「柳原一根」と名乗って近づく。柳原はで大分市役所戸籍係に勤めている。
史は一方で翻訳をやっている、と聞き、NEXT/PAGEの竹中に引き合わせ、そこのペーパーバックの翻訳をさせる。さらに肉体関係が出来ると、便利だろうからと東京に家を買い与えて住まわせるようにした。
仕事のほうでは彼はソーラー・ヒーポンの仕事をなんとか立ち上げようとしていた。そこで会社や家庭には東京事務所をつくる、などと称して今は愛人となった史のもとに足しげく通うようになった。
しかし破局は以外に早くやってきた。子はできぬはずの史が妊娠した、といいだした。籍を入れてくれとせまりだした。ソーラーヒーポンが特許侵害で訴えられ、撤退せざるをえない羽目になった。史のことは妻や甥の譲平などの知るところとなった。出資の問題も絡み、名愛建設の社長を解任されてしまった・・・・・。
この作品を、私は、償いなんて考えは怪しい、昔の恋人が懐かしくなり、見つけ出して愛人にした話と割り切って解釈する。
すると人が死に直面したときに男はどういう考えになるか、というところがポイントになる。彼には既存の道徳観念や損得勘定が馬鹿馬鹿しくなり、そのくびきから逃れたくなるのではないか。残された時間はわずか、それならすべてを打ち捨て、自分の欲望に素直に従ってみたい、と考えないだろうか。
彼の場合は償いなどと自分の感情を糊塗しながら、昔の女を探し出し、愛人にし、思いのたけを遂げたのだ。
この先時津と史の関係がどうなるかはわからない。はっきりしていることは時津が家庭と会社を失い、社会的にも経済的にも苦しくなりそうだ、ということだ。しかし男の生活の満足度はそのほうがずっと高いのかも知れぬ。
ただ、作者自身は時津のことをどう考えているのだろうか。許せない男と考えているのか、すばらしいと考えているのか。
考えてみるとこの作品は珍しく男が主人公の作品である。その男の感情や寂しさや思いを描き出すところは、女性の作者にはやっぱりきつかったのかもしれないなどと考える。
020828