永遠の仔     天童 荒太


幻冬社ハードカバー

十二歳の少女が石槌山の崖を登って行く。少年が二人、後ろからついて行く。頂上。霧の中に、立ち現れる者があった。「あの人は何かを言いに来た。あの人はぼくたちを見守っている。」子供達はそう感じた。三人は岩の峰から降りた。今から人を殺すつもりだった。

このプロローグは、1979年、精神に障害を持つ児童をあずかる愛媛県立双海小児総合病院における石槌山卒業登山の話しである。主人公の久坂優希12歳、ジラフこと有沢梁平、モウルこと長瀬笙一郎(1997名前)が両親や養父母と共に参加する。この頃の話しと1997年の今の話しが交互に展開して行く。

ジラフは、父親の暴行のために精神がおかしくなった。ジラフとよばれる所以は父親が折檻してたばこを押し付けたため、肌がそのように見えるのだ。やがて両親は離婚し、音信不通、伯父夫婦が変わりに面倒を見てくれるが、心の傷はいえない。モウルの母親は、子供をほったらかして男を次々に替え遊び歩いていた。いつもモウルは押し入れに閉じ込められていたため、暗いところ恐怖症になっている。二人に遅れて入って来た優希の場合は、もっと深刻だ。母志穂にコンプレックスを持つ父親雄作から数度にわたって犯された。

双海小児総合病院に入院した優希は引きこもりがちで、しばしば消えるなどして問題を起した。しかしある時明神の森の洞穴でジラフとモウルに励まされた。たがいの生い立ちを話し合い、卒業登山訓練に一緒に参加し、あれを一緒にやろうと心に誓った。
あれが冒頭の人を殺すこと、その人とは優希の父雄作である。霧の山の中で悲鳴が聞こえ雄作が落ちていった。モウルはジラフがやったと信じ、俺には優希を得る資格はない、と考えた。ところがジラフは逆を考えた。優希は優希で父の死に別の考えを持った。

それから17年。優希は、神奈川県川崎市にある多摩桜病院看護婦となり、高齢者相手に頑張っている。彼女の課は社会復帰にむけての高齢者医療を目的としており、アルツハイマー病患者や脳血管性痴呆患者なども多い。家庭は口うるさい母親志穂と弟の聡志がおり、聡志は司法試験に合格した。有沢は、神奈川県警本部で伊島の元で働いているらつ腕刑事。幼児暴行犯をとらえるが、逮捕の際、暴力を振るうなどやりすぎの面も見られる。長瀬は弁護士事務所を開き、多忙な毎日を送っている。

聡志が検事になる当初予定を変更して、弁護士を目指し長瀬の事務所で働くことになった。そして長瀬の母親まり子が多摩桜病院に入院し、優希が面倒をみることになった。それが縁で3人が17年ぶりに再会した。しかし精神病院で一緒だったなどとは言えぬから、それぞれ懸命に取り繕う。聡志が、優希の秘密を知りたいと願った。彼は双海小児総合病院まで訪ね真実を追い求めた。しかし得られたものは醜悪な真実だった。全てが汚く見えた彼は既存のものを抹殺しようと家に火をつけた。焼け跡から志穂が焼死体が発見された。伊島等は聡志を殺人放火犯として追い始めた。

熱湯をあやまってかけられた幼児が多摩桜病院に入院した。その母親がまもなく死体となって発見された。通常の人の目にはそれで満足と思われるが、子供の場合は違う。そんなにされても母を慕い、精神的になかなか回復しない。現場の状況から伊島等は有沢を疑う。有沢は逃げる。
有沢はスナック「なお」の女奈緒子とつきあっていた。やがて彼女が妊娠するが、一方で有希に対する思いを捨てきれない。別れ話からふとした弾みで彼女に流産させてしまう。

有希を長瀬もまた慕っていた。しかし彼は、有沢に劣等感を持つ一方、子供の頃の虐待の影響で勃起不能に陥り、時には異常性愛にまで興味を示す。そしてそんな自分につくづく嫌気がさしている。

以上のような話が続きながら、3人が会った事により、17年前の話が甦り、自己を見つめると言いながら、それぞれに自壊して行く…・。

重い話である。しかし綿密な取材に基づいているらしい話と作者の温かい目がこの作品の魅力になっている。自分の一つの行為が周囲の人間に多くの影響を与え、次のアクションを生み出し、さらに二次的、三次的影響を与える、という現実が実感される。読者に自身の行為の重要性について認識させ、反省させていると言う見方もできる。
現実社会の再認識と言う点でもこの作品の価値は大きい。双海小児総合病院での子供達の生活描写、有希の多摩桜病院での奮闘などである。同時にその背景にある社会システムの問題点を告発している。下巻284ページ以降の長瀬の母親の老人ホーム探しの話、結局は介護と言っても心を作り出すことができなければどうにもならない、ということを実感させる。
最後に下巻453ページの「本当は誰もが、「いいんだよ。」と言ってもらう必要があるのかも知れない。日常の暮らしの中で、折に触れ「いいよ、おまえだけのせいじゃない」と、言ってもらい続ける必要があるのかも知れない。」という言葉が問題の本質をついているように感じられた。


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