蝦夷地別件          船戸 与一


新潮文庫

 1788年、アイヌは、松前藩の意向を受けた飛騨屋を中心とする和人の苛斂誅求にあえいでいた。ひどい商売条件を強要され、女は犯される。
 国後の長人ツキノエは、このころ北方にあらわれるロシア船に乗ってやってきたポーランド貴族マホウスキに鉄砲三百挺の調達を依頼する。それを手に入れ蜂起しようというのだ。
 蝦夷地に江戸から、葛西政信なる浪人者がやってくる。現地視察と称しているが松平政信の意向を受けているようだ。また洗元、清澄の二人の僧ががやってくる。
 国後では、政信の画策等で和人の専横が目立つようになる。ツキノエが「銃が無くては勝てぬ。」の説得にも関わらず、若い者を中心に蜂起を望む声が大きくなる。ついに息子のセツハヤフは、父をエトロフにラッコ狩りに立たせた隙に蜂起しようと考える。蝦夷全体に不満が高まっている、自分たちが立てば厚岸、忠類、野付等すべてのアイヌが立ち上がるに違いない!と信じ始める。ついに和人の基地を襲う。しかし、国後の呼びかけに忠類は応じたものの、厚岸では惣長人イトコイの母親が息子の将来を案じ、また野付では和戦派のションコが勝ち目が無いと判断し、応じなかった。
 そんな中、洗元は、養生所の設立に忙しく、一方清澄は流れを見つめようと必死だった。
 またエトロフでロシア人にあったツキノエは、マホウスキが捕らえられ、鉄砲が来なくなったことを知った。
 アイヌの蜂起を知った松前藩では、新井田孫三郎を大将とする鎮撫軍派遣が決定される。もはやアイヌに勝ち目はなかった。忠類、ついで国後が孫三郎の停戦条件を受け入れ、貢ぎ物と人質提出を受け入れる。
 人質は当初樺太に送られるとの話だった。しかし孫三郎は、アイヌを叩きつぶすつもりはなかったが、幕府がアイヌを直轄領とする事を狙っていることを見抜き、松前藩を守るために相当数の死体が必要と判断した。人質として送られた父、母、それらが惨殺される様をツキノエの孫ハルナフリは呆然と見つめるばかりだった。
 すべてが終わり、アイヌに平和がふたたび訪れた。しかしそれはもはやアイヌとしてはまとまりにない無気力な平和だった。三年後、野山をさすらうハルナフリの激しい復讐が始まる。孫三郎、平角の首が、和人に協力したアイヌの首が転がり始める。

 状況小説とでも言うべきなのだろうか。登場人物の行動様式は洗元以外は、いづれも状況を与えられてそのとき自分が一番よいと考える行動をとり、栄え、滅びている様に感じた。
 ただその状況の選び方と選ぶ範囲が非常にうまく、この作品が成功している理由になっている様に思った。
 主題はアイヌの運命。これに松平藩、江戸幕府の松平定信の思惑がからむ。これだけだと国内問題になるが、アイヌへの武器供給と言う面からは当時のロシアの状況、さらにフランス革命、ポーランドの立場などを絡ませているところが、物語全体のスケールを大きく、新鮮に見せている。私自身知らないところも多く、いろいろ教えられた。
 次に登場人物の行動と性格パターンの書きわけが素晴らしい。全体の動きをみて判断できるツキノエ、感情的に蜂起を叫ぶオペルヨフ、みんなの意見に左右されるセツハヤフ、息子の養護と出世だけを考えるオッケニ、ママっ子で強がりはするが何もないイトコイ、仕事のためにのみ生きる新井田孫三郎、そんな中で理想を追い求める洗元などである。それぞれに自分がそのときに一番いいと思う行動様式をとるのだけれども、それは他の者にとっては残酷と映り、恨みを買う。そしてそれが因果応報で報われる。
 歴史的な流れもよく調べられており、その結果が随所に作者の歴史観として述べられている。
 司馬遼太郎の作品などと同列で、人に一読を薦めたくなる歴史書と言うことも出来る。

・フランス人の言う自由・平等とはフランス人のためだけだ。・・・・バステイーユ監獄を襲ったのは靴職人や石工だが、裏で糸を引いたのは大商人どもだ。(下27p)
・網にかかった蛾はむしろ祖国ポーランドに似てるようにも思う。ヨーロッパに張り巡らされつつある得体の知れない網にがんじがらめになって領土を削りとられて行くのだ。(下39p)
・人間の肝と胆嚢は値段のつけようもないほど貴重品。(下267p)
・愚僧は仏門に籍を置きながら、実は仏法を一度も本気で信じたことはないのです。(下660p)

(蝦夷地別件ノート)
波の譜
1)1778・9。救国ポーランド貴族団マホウスキに操られたコサックのコルサコフが船長を務めるエレーナ・ブラジェンスカヤ号が、松前藩とクリル人(アイヌ)の軋轢に乗じ、エトロフ・クナシリを占有し、ラッコやアザラシを捕ろうとやってくる。クナシリのツキノエ等が迎える。
2)臨済宗の洗元と天台宗の静澄が厚岸にやってきて、飛騨屋に宿泊、伝七が迎える。仁平等、四人の和人がアイヌの男を袋叩きにするなど、和人の傍若無人ぶりが紹介される。さらに和人とアイヌのインチキ商売、厚岸の惣長人イトコイの動き、幕府の最上徳内、凶状持ち銀次松前藩の思惑、徳川幕府の狙い、洗元の養生所開設希望などの話が次第に明らかになる。
3)クナシリ島でのツキノエと若いハルナフリの様子から。アイヌの生活の紹介と飛騨屋が商売の条件をアイヌ不利に変えようとしている話が紹介される。
4)洗元とハスマイラの薬草探し、銀次の動き、似顔絵かきなどの話
5)ツキノエが海豹の皮を餌に勘平の機嫌をとるが、勘平は商売条件の改訂を要求、勘平はぬらりくらりとかわす。長たちと会議し、今は服従、しかしロシア人から銃300を購入し、いつか和人を追い出す話をまとめる。そのために各地に使者を立てる。特に厚岸にはマメキリを派遣し、あわせてハルナフリをつれて行くよう要請。
6)江戸から来た葛西政信がアイヌ人ゴスカルリに助けられる。政信は彼を吾助として雇い、イトコイにあうため、厚岸にむかう。飛騨屋に到着。静澄と面談。
7)松前藩では藩主道広の前で孫三郎から目梨と宗谷に藩の会所を作ることが提案され否決される。松前氏の歴史が紹介される。孫三郎と忠勝の会談から、老中が意次から松平定信にかわり、一見幕府は何もしないように見えるが、実は松前藩から蝦夷地を取り上げようとしていることが暴露される。
8)ハルナフリ一行がゲンノカリ・ハンナフリ宅を訪問。逗留を依頼。ハルナフリ・ハスマイラ等が洗元を訪問中に仁平の案内で政信、吾助、静澄が訪問。ハルナフリと仁平の争いになるが、政信が加勢し、仁平は証文を書かされた上、腕を折られて逃げ出す。政信はハルナフリに一緒に住むように提案。
地の譜
1)マホウスキ、イルクーツクで救国ポーランド貴族団指導者クラコビッチにあい、エカテリーナの関心を極東に向けさせるため、アイヌと日本人を戦わせる計画を語る。あわせてペテルスブルグでスースロフが失脚したと知り、ペテルブルグに赴く。
2)洗元、葛西、吾助、ハルナフリの養生場発展。ウカリマツの婆の洗元、ハルナフリ関係デマ。ふぬけのゲンノカリ。
3)国後。ヨイマイラの妊娠。ツキノエ、ミントレの跳ね上がりをたしなめる。
4)ハルナフリのイトコイ訪問。政信、ハルナフリに鉄砲を見せる、さらに刀を与える。ハルナフリとウカリマツの議論。
5)青島の女、殿様に犯される。孫三郎、彼女を切り、放火。根室に放った密偵助衛門から連絡。ロシアの動き無し。
6)洗元一人になる。静澄根室から戻る。国後を伝七に追われた勘兵衛の嘆き。洗元、清澄の語らい。イトイコイが養生所をうつすとの噂。
7)政信、ハルナフリ等、国後へ。モシランケ、ミントレ、キララ等の観察。ヨイマイラ、銀次に殺される。政信、銀次を切る。
8)ゲンノカリの自殺。養生所をうつすことになる。厚岸のおん婆の恐怖。洗元、ハスマイラとついに関係する。
9)ハルナフリとツキノエの会話。オロッコ人ドーザクやってくる。「鉄砲はしばらく来ない」にツキノエがっくり。
火の譜
1)マホウスキはペテルブルグに戻り、東方キリスト教分離派ナズナーツイン、同志トレンヴィッキ、ポアテイエ等と邂逅。フランスで革命が起こりそうな気配を感じる。ポチョムキンを狙うが失敗、捕らえられる。
2)国後の惣長人サンキチが和人からもらった薬を飲んで死亡。ツキノエはミントレにそそのかされておこる同胞たちに広がる戦うべし、との気分をおさえるのに一杯。
3)洗元オッケニの要請でイトイコイのもとに行くが異常なし。サンキチの死が伝えられる。イチオコイは熊の胆を食っているが洗元に与えることを拒否。ハスマイラ、キニサップの死を予言
4)国後、政信、清澄の酒。政信、吉兵衛に国後を去れと忠告。政信、通詞のドルコエを切る。
5)ツキノエが惣長人になる件が継続審議になる。ツキノエ、ションコと和人と戦わぬで意見一致。ホニシアイヌあらわれる。サンキチ、和人に毒を盛られたの噂。
6)氏家源治と美代の結婚、道広との面談。孫三郎海国兵談を氏家より送られる。阿部伝兵衛と面談、飛騨屋の評判を聞く。
7)ツキノエ、エトロフにラッコ撃に出かける。息子のセツハヤフ、和人と戦うことを決める。政信、キララと結婚したことを告げハルナフリと別れる。
8)洗元、キニサップの子アカリユシ教育。セツハヤフの妻オプケユシ狂う。アカリユシ、マベルキリを嫌う。
9)政信、国後を去る。ミントレにドルコエの死体を見せ、驚かし「助けて下さい」と言わせる。
10)ツキノエ、エトロフでドーザクが殺され、ロシアとの糸が切れたとしる。考え方を変えないといけないと悟る。
11)ハルナフリ等ドルコエの死体発見。和人に殺された、との噂ひろがる。戦争気分広まるが、ミントレが元気ない。
12)政信、忠類につく。ホロエメキの噂を聞く。
13)国後でついに反乱。和人襲われ、二十人位殺される。伝七、吉兵衛捕らえられる。
夜の譜
1)チュコフスキー、マホウスキを考え方を明かして丸め込み、スースロフ反乱の噂をでっち上げようとし、失敗。 獄舎のマホウスキにナズナーツイン接近。
2)キニサップ、オッケニの指示によりマペルキリ等により惨殺される。同時にアカリユシも殺される。ハスマイラ、アイヌの流儀に従い。アカリユシの葬儀を行う。政信、洗元を訪問、国後の乱を伝える。
3)モシランケ、ハルナフリにセツハヤフが父を追い払って乱を起こしたのはいかん、と言う。他地域が続くか心配。
4)エトロフのツキノエ、国後の反乱を知る。イトコイ、ツキノエを攻める。イコトイは伝七と同胞を厚岸に同行させたい意向。ツキノエ考える
5)政信、ゴスカルリの会話。アイヌの反乱をあおる口振り。ホロエメキ立つ。政信、野鍛冶権三を切り、大通丸延焼を願う。ゴスカルリ、政信の本質を見抜く。
6)ツキノエ、イコトイと、国後に戻り、事情を聞く。キニサップの死を伝えられ、セツハヤフ驚く。忠類の反乱、伝わる。
7)政信、洗元の会話。「仏門を離れたら、松平定信が困る。」とは何か。飯盛女の治療。
シモチ、清澄に野付のションコは動かぬと語る。
8)オペルヨフ息子に狂う。ツキノエ会議を招集。野付、厚岸が動かない現在、どうするか。伝七等とミントレが消えた事が判明。
9)孫三郎、アイヌの反乱を知る。福山館で討伐軍決定。孫三郎が大将。両浜組などの協力決まる。孫三郎、反対派の監物を切る。
霧の譜
1)1789・8。マホウスキにナズナーツインから脱獄の誘い。しかし脱獄して捕まった者もいる。罠か。チュコフスキー、マホウスキにフランス革命勃発を知らせ、スースロフ反逆のための供述署名説得をはかるが失敗。マホウスキ、ついに脱獄を決行。
2)洗元、イトコイと孫三郎に強要され、秋本元端と共に鎮撫軍に同行。野付へ。清澄から状況を聞く。松前の命には逆らえない。
3)ゴスカルリ、政信を襲う。政信、松平平角に状況を説明。平角「鎮撫は簡単。」とうそぶく。しかし政信は平静に考える。飛騨屋はおしまいとも。
4)国後、戦闘準備態勢。ミントレの妻サキオマツの悲劇。ハルナフリ、キララが政信と逃げたことを知る。セツハヤフ、ツキノエ殺しを検討。ハルナフリは反対。ルライ戻り鎮撫軍の大砲を説明。ツキノエと交戦派対立
5)孫三郎、ションコを忠類へ派遣。大砲の試し撃ち。政信、孫三郎の鎮撫軍参加を拒否。孫三郎、平角に政信を切れと指示。
6)ゴスカルリ、再び政信をねらう。マペルキリ、イトコイ等鎮撫軍に参加。
7)国後にシモチ和平呼びかけに到着。降伏の条件提示。首謀者は樺太に行くことになると。サキオマツの死体。ツキノエ、コタントシに協力を依頼。
8)静澄、政信に松平定信の意向を説明。平角、政信を襲い、失敗。忠類説得を受け入れる。
9)国後も受け入れ決定。ツキノエ、人質要求が罠であることをセツハヤフに語る。
10)野付でのアイヌ軍武装解除。国後から人質届くがイトコイがいんちきと非難。しかし孫三郎は彼を押さえる。藩を守るために適当な数の死体がいることを表明。
11)洗元、玄端の死者の肝をとるやり方を拒否。政信、幕府の間諜であることを洗元に認める。日本という国家論。蝦夷の心を盗むために寺を建てると。
12)国後の人質たちの惨殺。ツキノエ、懸命にハルナフリを押さえる。静澄の読経。
風の譜
1792.10。略

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