学生街の殺人    東野圭吾


講談社文庫

 津村光平は大学を出た後、親には大学院に行っていると称し、その実、学生が来なくなってすっかり落ち目になった学生街の喫茶店「青木」でアルバイトをしている。喫茶店の上は雀荘とビリヤード場である。近くのスナック「モルグ」で知り合った広美と関係するが、なぜか彼女は、自分の秘密を光平に打ち明けず、出来た子供も勝手に堕ろし、マンションでの一人住まいを守っている。
 光平のビリヤードはかなりの腕前で、良く上の階に行く。「助教授」こと太田、「ハスラー紳士」こと井原、謎の人物松木などが常連。ところが、その松木が、アパートの自室で背中にナイフを突き刺されて殺された。聞き込みにやってきた刑事の話等から、井原が東和電機の開発企画室室長、松木の本名は杉本、もとセントラル電子の社員だったことが分かる。
 光平が広美と知り合ったのは、自殺しようとしていたらしい彼女を救ったのが縁で、七つ年上。事件から大分経って、マンションの三階に住む彼女をを訪問すると、突然上から悲鳴、駆け上がると六階にとまったエレベーターの中で、広美が刺し殺されていた。広美の妹悦子の出現、上村に変わって香月刑事の出現等が次第に光平を真実追究に向かわせる。
 広美の机を調べると、あじさい学園なる身障者施設の手帳が出てきた。なんと彼女は、定期的に通いボランテイア活動をしていたのだ。彼女はまたマンションでは決して弾かないピアノをその施設ではよく弾くことも分かった。なぜ、彼女はそのようなことをし、しかもそれを隠していたのだろうか。
 学生街では、なんとか街の活性化を図ろうと、一隅にある松の木にクリスマスのイルミネーションを施す。ところが点灯するとなんと根元にあじさい学園園長の刺殺死体。事件は混迷を極めたが、最初の事件が人工頭脳エキスパートシステムの産業スパイ事件にあることが判明、犯人が逮捕され、事件は一件落着したかに見えた。あじさい学園を担当していた斎藤医師と広美と共同でスナックを経営している純子の結婚式が執り行われることになり、学生街に久しぶりに明るい話題が広がった。しかし6年前のひき逃げ事故が再び雲を投げかける・・・・。


 産業スパイ事件、贖罪、新しい出発を願う女の積極的行動、自分のやりたいことが分からず未来を決められない若者の生活、沈滞を極める商店街の描写、それらが複雑に絡み合っている。大河ドラマ的な流れの中に殺人事件が埋め込まれていると言う事も出来る。
 この作者の作品を読むのはこれで6冊目になるが、年代順に並べて比較すると、作風が徐々に変わっている事に気がつく。乱歩賞を取った「放課後」は、まだ謎と推理に重点が置かれていたが、この作品ではこういったお話に重点が置かれ、謎と推理の話は半分くらいになっている。しかしそれだけに大人の読者になるほどと納得させるものが出てきている。少し後になって、変身、秘密などオカルトっぽい要素を取り入れ、社会性のあるテーマに挑戦しており、その原点かもしれない。見方によって、この作品は作者の成長過程(一寸ナマイキな言い方で失礼!)を示す作品のようにも見える。
被害者が動いたために不思議な状況が出来上がった広美殺し、共犯者がクリスマスツリーの元に被害者をセットし、主犯のアリバイを作るという話がそれなりに面白い。章タイトルの(例 堕胎、ハスラー、そして殺人)三つ名詞をならべる方式も目新しい。

・ 君たちが立ち上がっている土台を、今まで誰が支えてきたと思っている?世界に誇れる製品を生み出しつづけてきた製造業の人間たちが、皆で懸命に支えてきたんだ。何が自由に生きたい、だ。何が製造業は嫌だ、だ。そんな甘ったれた人間に、我々の血のにじむような戦いが分かるはずがない。(369p)
・ どう生きるべきかなんて事は、ちょっと年を食っているからと言って話して聞かせられるものじゃない。自分でも満足に分かっとらんのだからな。(405p)
・ どんな人間でも、一種類の人生しか経験することは出来ん。それなのに他の人間の行き方をとやかく言うことは、傲慢と言うもんだ。(405p)
・ 償う気持ちを宝にして(409p)
・ 世の中には知りすぎると面白くないことが沢山あるんだよ。(471p)
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