遺伝子組み換えという専門的な分野に題材をとった作品だが、なかなか読みやすくできている。長い歳月を要し、実際にボリビアまで取材旅行をして、かきあげた作品というだけになかなか力が入っている。
主人公は米国在住の売れっ子翻訳家蓮尾一生。親しかった少年アダムが住む隣家が放火され、一家が死に、私のワイン蔵も焼けてしまった。
環境問題の大家レックス・ウオルシュは、怪物のようなアグリビジネス企業「ジェネアグリ」に挑戦しようとしている。同社はバイオ技術で高収量種子を作り、農家に売りつけ、技術や農薬も売りつけ、生産物は一括で買い付け食物市場を支配しようとする企業である。蓮尾は、ウオルシュの最新作の日本語翻訳権を取ることに成功したように見えたが、なかったことにしてくれ、の連絡が入り、その後姿をけしてしまった。事前に払った大金も戻ってこない。
シリル・ドランは、世界的なワインジャーナリスト。夫のテイエリ・ドランは著名なワイン醸造コンサルタント。蓮尾はシリルの作品を邦訳して大ヒットさせた経験がある。彼女を通じてジェネアグリが遺伝子組み換え作物(GMO=Genetically
Modified Organisms)の技術を用いて葡萄を枯らす害虫フィロキセラを殺す機能を組み込んだGM葡萄を作り、南米で実験しようとしているらしい、と知る。
レックス・ウオルシュが、ボリビアにいるらしいとわかった。なぜ、ボリビアと、詮索していると、シリルが「新作のためにボリビアのぶどう園での調査を行いたい、ついては同行して欲しい」と申し入れてきた。かくして蓮尾はボリビアへ・・・・。出発の準備は大変だったし、ついたとたん高山病に悩まされるなど大変な苦労が待っていた。しかしそこにはそんなものをはるかに凌駕する問題が控えていた。
この南米の貧しい国ではコカが大量に作られ、米国に流れていた。米国は流入防止に躍起になっていたが、一方でコカそのものの栽培をも絶やそうともくろんでいる。コカを枯らすフィロキセラという害虫を「ジェネアグリ」などを通じてばらまこうというのだ。一方で自分のコカは守りたい密輸組織は、そのフィロキセラをも殺してしまう強い遺伝子を組み込んだコカの研究まで研究している。彼らの野望の行方は・・・。
この作品の上梓は2003年7月。その後これについて幾つかの動きがでている。
2003年にローマ教皇庁は、GMOを操作して新しい植物や作物を作ることの倫理的な意味を検討した。GMO支持派は、この新しい技術により世界の飢餓を軽減できる可能性があると説き、反対派は、世界の飢饉を癒すことはできないとし、さらに宗教的には、バチカンがこれを支持すれば「神が創りたもうたものの素晴らしさ」を損なうことになると、主張した。具体的には米国のバイオテクノロジー企業は害虫や病気に強いと宣伝している。一方で欧州やアフリカの国の一部などは環境や健康へのリスクを考え反対している。
また国際的にはGMOの国境を越える移動について、輸入の可否を決定する枠組みを決めたカルタヘナ(南米コロンビアの都市)議定書が発効している。日本でもこれをうけて2004年2月に「遺伝子組み換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)が施行されている。
GMOによって出来上がった大豆やトウモロコシが人体に有害である、という報告はいまのところないようだ。しかし人間の抵抗力を弱める、もっと恐ろしく考えれば人間そのものをかえてしまうような影響がでない、と保障されたわけでもない。それらを配慮し日本の市場で売られているものには「遺伝子組み換え品種ではない」などの表示がされているものを最近よく見かける。
しかしGMOを今後人類はどう扱ってゆくべきかという根本問題は、まだまだ手探りの状態のように見える。その意味でこの著は絶好の啓蒙書といえる。
041104