ゴッホの遺言          小林 英樹


情報センター出版局

一枚のゴッホの贋作を明らかにすることにより、ゴッホの死の真相に迫ろうとした作品で、読み終わってこのような形の推理小説もあるかと多いに感動した。絵に対する深い情熱と愛情全体としてが感じられる所が素晴らしいとも感じた。
問題の贋作は1888年10月、ゴッホが画商の弟テオに送った、寝室の「スケッチ」で現在オランダ国立ゴッホ美術館が所蔵している。この作品を、同じくオランダ国立ゴッホ美術館の「アルルのゴッホの寝室」、1888年ゴッホがゴーガン宛に送った手紙に書かれた「寝室」のスケッチ、オルセイ美術館、アート・インステイチュート・オブ・シカゴの2枚のレプリカ作品と比べて論じている。するとこの「スケッチ」はベッド横の空間が広すぎる、正面の窓が外側に開いている、透視図法が守られていない、家具の配置がおかしい、絵のかかり方が滅茶苦茶、テーブルの上の物の置き方もひどい、などの理由で到底ゴッホが描いたとは考えられない、という。
ゴッホは1890年7月27日、自らの胸に銃弾を撃ち込み、その2日後に最愛の弟テオ胸に抱かれて、37歳の生涯を閉じた。ところが、死の直前に描かれたテキサス・キンベル美術館の「ドービニの庭」とひろしま美術館所蔵の「ドービニの庭」を比較すると、前者はひどく暗く、荒々しくすさんだゴッホの心境を伝えているようだが、後者は明るく、澄み切った静寂さが絵を支配している。同じ時期に描かれた絵がどうしてここまで違うのだろう。
この謎を解くために、ゴッホが死の少し前に弟夫妻とオーベルニュで会談したことに着目し、1914年、ゴッホの死後14年経過して、テオの妻ヨー夫人が著した「ファン・ゴッホ書簡全集」の内容を分析する。これらの活動を通じてゴッホの死の真相を明らかにしようとしている。

・ ヨーは、自らに都合が悪いことを隠す時には次の4通りの手法を用いる
一、 何も語らない(黙秘、隠蔽、棚上げ)
二、 語るときは事実に手を加えて攪乱し、真相を隠す(攪乱、改竄、歪曲、修正)
三、 無関係の、人目に引く話題を提供して注意をそらせる(眩惑、転換)
四、 全くの別の話を作り上げてしまう(捏造)(325p)
011114