華やかな喪服    土屋 隆夫


光文社文庫

文学的香り漂う推理小説である。
北条由紀は生後4ヶ月の娘紗江と共に突然誘拐され、見知らぬ男と共に群馬、埼玉とあちらこちらを車でひきまわされる羽目になった。
彼女は長野の出身だったが、縁あって北条家に嫁いだ。夫は伊豆原病院で総務関係の仕事をしている。しかし姑民子にいじめられ、夫からは離婚請求を出されて別れるつもりのない彼女は困惑している。ひょっとしたらこの誘拐劇は夫が不倫の確たる証拠をでっち上げようと、仕組んだものではないか、などと疑う。
一方大泉警察署では江森卓也警部補が職場に出てこなくなり、理由を組みかねないでいる。星辰事件で妹を殺された星川という大学教授が、署長や江川に相当ひどい言葉をはいていたから、その関連ではないか、などと調査する。
誘拐犯の動きと捜査の動きを並行させて描いて行くユニークな手法を取っている。後半になるまで誘拐犯が推定しにくいこと、特になぜ由紀と紗江をゆうかいしなければならなかったかその動機が最後までわからないところがが読者をひきつける。
北条由紀が、文学談義などを通じて次第に誘拐犯に惹かれて行くところが、丁寧に描かれており、その意味ではラブストーリー的要素も持っている。作者の他の作品には見られない官能的な魅力が漂っている。
最後に現代医療に対する不信が、主人公から提起される。しかしそれは激しい怒りと同時に何か人間的優しさと悲しさを感じさせ、悪くない読後感を与える。

・ 森の奥より銃声聞こゆ あはれあはれ 自ら死ぬる音のよろしさ(石川啄木)(95p)
・ 腸重責症=小腸の最後部、回腸が、隣接する盲腸の中へ、折れ曲がった形ではまりこんでしまう病気。赤ん坊に見られ、急に苦しみだし、暫くすると治って、また14,5分で同じ症状をしめす。原因は分からないらしい。(284p)
020216