遙かなりわが愛を       笹沢 左保


文春文庫

 奇妙な話だった。岩手県警に愛媛県の宗方美沙子という女性から「幼なじみの高野真一郎という男から「時期が来るまで待ってくれ。」という脅迫電話を受けた。私は彼に2000万円以上の金を貸しており、返してもらえないかとお願いしていた。電話はそちらのxホテルからだが、本当に男がそこにいるかどうか調べてほしい。」調べると滞在しており問題はない。しかしそのような事件が大宮、中之条、直江津、水沢、一関、仙台、福島、米沢とあいついで起こっているとなると問題だ。
 しかし捜査一課の伊勢波邦彦警部はすぐに事件の核心を探り当てた。
江戸末期、高野長英は実力ある蘭医だったが、シーボルト事件で当局ににらまれ、日本人漂流民を届けようとしたモリソン号事件で渡辺華山と共に政府を非難し、逮捕された。蛮社の獄事件である。その後長英は脱獄し、転々と各地を逃亡した後、宇和島藩に身を寄せたが、襲撃をうけ、自殺したとも殺されたとも伝えられている。伊勢波によれば「高野真一郎は有名な東国大学助教授で、長英の研究で有名、4年前に殺人事件を起こし逮捕された男で出所したばかりのはずだ。彼は長英の曾孫と名乗って論文を書いたが、島根衣穂にこっぴどく論難された。今度の事件は高野長英逃亡ルートと一致している。島根衣穂というのは私のペンネーム、彼は今私に挑戦しようとしている!」
 尾道市千光寺公園のホテルで宗方美沙子が殺された。後ろ手に縛った上、ネクタイで絞め殺すという残忍な方法である。現場には真一郎のライターなど多くの遺留品、しかも事件の日の朝、彼は美沙子を訪問している。しかし死亡時刻は午後の2時、3時頃に伊勢波は東京の真一郎を訪問していたから、鉄壁のアリバイがあるのだ。貸した金の追跡が行われたが、真一郎は旅館の女中に暴行し、その慰謝料として使ったのだという。裏がとれ、つじつまが合った。
 伊勢波は美沙子と真一郎の過去を徹底的に洗った。立花美沙子は学生時代、家の都合で退学し、宇和島の素封家宗方家の嫁となった。亡くなった親友の娘のサトミが交通事故で亡くなった時に異常な悲しみを見せている。美沙子と高野は、学生時代に恋人同士ではなかったのか、サトミは実は美沙子の子ではなかったのか。
 加害者と被害者が相談して、被害者が殺されてもおかしくない状況を作り出し、自殺を他殺に見せかける…・、それがこの小説の眼目である。無理のある設定という気もするが、高野長英の足跡とあわせ、それなりに興味ある物語に仕上がっている。一方でこのような愛を描くことにより、作者が現代の自己中心的な男女関係に抗議しているようにも思われる。

・ 死またはそれに等しい行為が、本物の愛に通ずるんだよ。現代のように自己中心や自己主張による愛なんて、それこそ出鱈目じゃないか。愛というのは、自己犠牲と献身に徹するものだ。(319p)(1976 46)
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