破線のマリス         野沢 尚


講談社ハードカバー

 遠藤瑶子は、首都テレビの看板番組ナイントウテンで5分間の「事件検証」コーナーを担当している。自分の満足行く仕事をしなければ納得出来ず、いつも放送直前まで訂正をいれデイレクターをやきもきさせる。しかし世田谷助教授一家殺人事件では犯人を推定させるぎりぎりの画面を流して成功させるなど実績も多い。一度結婚し男の子をもうけたが、離婚、子供は男が引き取っている。
 草の根オンブズマン代表と称し、強請まがいの行為もするとの噂の吉村弁護士が、事務所のマンションから飛び降り自殺した。郵政省・放送行政局春名誠一と称する男から、あれは殺人かも知れない、との情報があった。「マンモス大学永和学園はBSチャンネルを確保しようと、割り当て権をを持つ郵政省審議官に実弾で食い込もうとしたが、吉村が嗅ぎつけた。自分は、自殺前後、その吉村弁護士をつけねらっていた男をテープに収めた。」と言うのである。瑶子は早速とびつき、「事件検証」で映っている男が犯人とおもわせるような工夫をして放送した。
 郵政省の麻生という男が、怒鳴り込んできた。あのテープに映っているのは私だが、事件には関係ない、おかげで警察に呼ばれ、仲間には白い目で見られ、地方支社に飛ばされることになり、その上妻も里に帰ってしまった、どうしてくれる、と言うのである。
 名誉毀損で訴えるという事態は回避したが、瑶子への風当たりは強くなった。しかも調べてみると、春名なる男は実在しないことが分かった。見事にはめられたのだ。
 「人生を棒にふった」麻生が、彼女をしつこくつけ回し始める、息子の誕生日にグローブを送る用意をしていたが、別れた夫から「もう、これ以上あわないで欲しい。」との要請を受ける、瑶子の日常生活を撮ったテープが贈られてくる。謝れ、謝れ、と書いたファックスが送られる。こんな事が重なり、瑶子の神経が次第にすり減らされてくる。
 おかしくなった瑶子は、麻生のアパートに忍び込んで、その生活ぶりをビデオに納め麻生と対決、その顔に死に行く男の陰を認め、恐怖を感じる。そして春名の名詞を持つ顔を潰された男の死体が発見された。警察に呼ばれた麻生は、殺害のあった夜「瑶子の部屋を覗いていた。」と証言。また物議をかもす。瑶子は今度はこっちが告発してやろうと、気の弱い赤松を同行し、対決。ところが麻生は、絶望的に瑶子に関係をせまろうとしてきた。押し返したところ、麻生は下水溝に落ち動かなくなった。茫然自失の体で自宅に戻ると、犯行の一部始終を映したテープが送られている・・・・。だれだ 、このテープを撮ったのは・・・。
 一人の現代にありがちな気の強い女が、虚と実の間をさまよいながら、自壊して行く様子が臨場感あふれる文体で、描かれている。後半はさながらホラー小説。テレビ業界の内幕が、作者の意見と共に丁寧に語られているところも魅力的で示唆に富んでいる。全体、非常に面白く感じた。ただ、瑶子の生活のビデオを撮っていたのが息子、というプロットは一寸ご都合主義という気がした。

・日本のテレビが視聴者の心を捉えているのは、タレントの顔でもなく、番組のコンセプト・ワークでもなく、映像の編集技術だ、と言ったのはテレビの黄金時代を支えてきた放送作家だった。(9p)
・テレビの三つの危険性=現在重視(表層だけ)、映像重視(臨場感重視)、感性重視(大衆の感性に迎合)(24p)
・国民を蚊帳の外においた官僚の旗振り・・・寝たきり老人に新しい双方向サービスによる遠隔医療、そんなものはいらないから介護の人手が欲しい、と答えるに決まっています(57P)
・あなたは仕事が忙しくて頼りにならない・・・・食い扶持を稼いでいるんだろう。(83p)
・そうした規制づくめの仕組みの中で、放送局のほとんど郵政省との間に問題を起こしたくないため、定年退職した郵政官僚を役員として受け入れている(114p)
・5W1Hだけじゃない。ふたつのFが必要なんだって。FOR WHOM &FOR WHAT(126P)
・落下してくるものを追ってくる目・・・群衆の小さな悲鳴・・・次のカットで人が縛りつけられた大きな凧が落ちてくる。・・・・実体が分かるのはあとでいい。とにかく見るものの気持ちを引きつけるだけ引きつけろ。生理の限界まで辛抱させるんだ。(138P)
・写され、映される感覚とはこういうものなのか。画面に映っている自分は、普段鏡の中で見る自分とは違う。(178P)
・「映像モンタージュというのは、存在しない空間をあたかも存在するかのように錯覚させることだ」・・・・そもそも映像っていうのはヤラセや演出を加えなくたって、本質的に虚構性を持っているんじゃないんですか?(207P)

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