文芸春秋ハードカバー
自動車部品メーカーで働く平介は、妻直子、娘の藻奈美とともに平穏な日々を送っていた。ところが、志賀高原にスキーに出かけた母娘を乗せたバスが転落事故、直子は帰らぬ人となり、藻奈美は奇跡的に助かったものの、意識は直子に変わってしまった。
バス会社との補償交渉の席に、運転手の梶川の妻征子が謝罪に来る。平介は彼女から生前梶川が残業まで買って出て多くの収入を得ているはずなのに、実際は生活が苦しかった話を聞く。征子の死。娘の逸美が、形見にと暮れた時計の裏蓋には男の子の写真。調べてみると梶川は、北海道にいる別れた妻根岸典子に金を送っていたという。
補償交渉がまとまり、直子の意識の娘と二人の奇妙な生活が続く。直子を意識して藻奈美の担任の橋本先生との淡い恋も終わる。私立を受けた直子は、やがて医科系の大学に行くと転向、テニスに夢中になる。次第に自分の元を離れて行く藻奈美に平介は不安。電話を盗聴してまでボーイフレンドを探し当て、連れ戻すが、父娘の亀裂が広がる。
根岸典子と梶川の関係について次第に分かってきた。時計の裏蓋の写真の子は子の文也で、北星工大医学部に席を置くが、梶川の子ではなかった。文也は、それでも梶川は金を送り続けていたと知り、平介と和解する。
やがて藻奈美が大学に進む。そして直子と並立する形で、藻奈美本来の姿が現れるようになってくる。平介が、直子と始めてデートした山下公園にいった頃から、藻奈美から直子の陰が消えて行った。そして何年か後、藻奈美と文也の結婚・・・・。
「変身」と同じジャンルの作品、と思った。しかしこれは推理小説と呼ぶべきなのだろうか。ロマンチックあふれる小説で、特に後半の平介の切々たる気持ちが良く描かれている。本来の自分に戻った藻奈美が、平介と直子の意識の藻奈美が「お互いに秘密」と隠した結婚指輪を、いつの間にか取り出し、自分も同じものをあつらえる話がほほえましい。
・自立した女が主婦をしたって構わないと思うよ。あたしが嫌なのは、自立できない女が、仕方なく主婦に収まっているという構図なの。(151p)
・「あたしもそうだった」と口を挟んできた。「父親のパンツとかが干してあるのを見るだけで、鳥肌が立っちゃうのよね。父親が出たばっかりのトイレには絶対に入りたくないし、お風呂だって嫌だもんね。」(237p)
・コルサコフ症候群。記憶力が極端に低下する症状で、直前のことも忘れちゃうの。(378p)
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