ハルキ文庫
人喰い船
満州事変が勃発して数年後、東京からカラフトに向かう紅緑丸船上。女が男の申し出るバラの花束を投げ捨て去って行く。男は遊び人小幡隆一、女は藤子物産社長藤子義介の妻で安芸子、彼女はかっては海に嵌まって死んだと言う洋服屋池田昇三の妻だった。
同じ船で若い椹(さわら)秀助は探偵が趣味の祝師(しゅし)霊太郎と知り合いになった。船は直行する予定だったがオホーツク海が荒れているとの情報で、O市に難を避ける事になった。北海道も近くなったころ、マストにぶら下がっている下着だけの死骸が発見された。藤子義介で、ロープで絞め殺され、帆立貝を握っていた。二人は、藤子が帆立貝から事前に殺されて船に運び込まれた、と見破り、なぜ海に捨てれば良い死体をマストにぶら下げ発見させたか、を考える。
人喰いバス
ある朧月夜、入り江の突端に建てられた昇竜閣からO市へ1台のバスが男4人女一人を乗せて山道を下っていった。ところがバスからは酔いつぶれた客一人を残し、運転手を含め全員が消えてしまった。
乗客は、椹秀助、祝師霊太郎、特高の霜多、酔いつぶれた男、そしてさっき昇竜閣で霜多が口説こうとして失敗した女。途中で秀助が霜多を覗き込むと死んでいた。ところが霊太郎は男の死因を毒死、女と運転手の若者が組んで霜多に毒を飲ませたと見破る。二人を逃がし、椹秀助、祝師霊太郎も霜多の死体と共にドロン。
人喰い谷
名門浅葱家は長女弥生が婿に宗一郎を迎えた。二人は中むつまじかったが画家の蓬矢周平が住み着き始めて妖しくなった。ある雪の夜二人は邪恋谷にスキーを走らせ行方不明になってしまった。二人はいづれが弥生を取るかで雌雄を決しようとしたのであろうか。しかしなぜ死体があがらないのだろうか、弥生の態度が冷たく見えるのだろうか。パトリシア・モイーズの「死人はスキーをしない」を思い出した。
人喰い倉
富岡倉庫で働いていたインテリの柴田は幸と良い仲になった。ところが社長令嬢との縁談が持ち上がり、幸の前で慟哭した。錠のおりた富岡倉庫の中で、その柴田が手首を切って死んでいた。手には雪を握っていた。秀助は凶器が無いことから、賊による密室殺人の手口を教えた。幸は幸がゆきとも読めることから、自分を最後まで思ってくれたと悲しんだ。とても結局はふられてしまった社長令嬢へのあてつけで自殺し、凶器のかみそりを雪にくるんで飲み込んでしまった、とは言えなかった。
人喰い雪まつり
紀子はいまでも北海道に行きたくない。赤だった父は特高に引っ張られ、拷問を受けることも鳴く釈放される事になったらしいが、行方不明になり雪に埋もれて死んで発見された。その後特高を辞め、小間物屋を始めた宮口が母に迫るようになった。
下宿していた若い椹秀助、祝師霊太郎が宮口と対決した。「お前が奥さんを奪うために前田(父)を殺したんだ。この話を前田さんの仲間に話したらどうなるかな。」と脅して追い返した。
ためらい傷があったから、仲間から責められるのを恐れて自殺したことは明らかだったが…。
人喰い博覧会
昭和12年小樽市の北海道大博覧会で、放送塔のイルミネーション点灯にあわせて人が落ちて死んだ。現場にいた若い椹秀助、祝師霊太郎が落ちた部屋に駆けつけ、調べると、男は特高の宮口で、落とされるずっと前に殺され、監禁されてていたことが分かった。拷問の末、転向者座談会に出席させられた浅葱宗太郎等の復讐劇だった。
もう、80才に近い椹秀助を助けてくれた有機リン化合物を飲んで遠藤実子が自殺した。椹秀助は恋人の北見が殺したと考え、復讐しようとするが、祝師霊太郎が「そろそろすべてを忘れるべきだ。」と忠告する。
人の心と人情の機微を感じさせる非常にうまい文章を書ける作家である、と感じた。カラフト貿易で繁栄しながら、芦構橋事件などで次第に暗雲が立ち込めて行く当時のO市(小樽)の雰囲気が非常に良く出ている。椹秀助と祝師霊太郎のコンビも面白い。真理を探究する心も正義感も持ちながら、犯人を警察に突き出すようなことをしない…こういう探偵の設定の仕方もあると感心した。「名探偵を主人公にした探偵小説は、つまるところファンタジーではないか。」なるほどね。
・ぼくは人間心理の探求者でありたいのです。(34p)
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