ホック氏の異郷の冒険      加納 一朗


双葉社 日本推理作家協会受賞作全集

「私」が蔵を整理していて、曾祖父の手記を発見した、というスタイルをとっている。主人公の医者加納元信はある時陸奥宗光に呼ばれ、イギリス人サミュエル・ホック氏とともに夜会の折りに盗まれた極秘書類を探してほしいと頼まれる。このホック氏は、実はシャーロックホームズのことで推理の方法、容貌、モルヒネ中毒など、時代の描写とともにうまく特徴をつかんで書かれており、楽しい作品になっている。
極秘書類は夜会の途中停電が起こり、電気修理工にばけた女スリお絹によって、宗光の鞄から持ち出された。お絹と恋人で陶芸をやったことにある栄吉が失踪、ところが調べてみると坂巻等の壮士グループに連れ去られたらしい。残された香炉の蓋にあいた穴は、書類の隠し場所を示しているらしいがどう解釈するのか。
やがて、栄吉と壮士の一人が殺され、お絹の自殺死体が発見される。そしてあやしげなロシア人の動き。どうやらロシア後ろで操りながら、壮士グループを使って書類を盗み出させたらしいとわかり、宗光の力を借り彼らに手を引かせる。
お絹の遺品から高価な簪が見つかり、その出所を当たったところ、もと芸者で今は戸栗男爵夫人となった君子に行き当たる。それはまた四年前に鹿鳴館の大仮装舞踏会でおきた伊藤博文の男爵夫人暴行事件を思い起こさせた。さらにお絹殺人犯が左利きであったことから、第三の女性の存在が推定され、女形俳優中村玉蔵につながるがこれも自殺。
しかし伊藤、君子、恋人の玉蔵、栄吉、お絹が結ばれ、これに壮士グループが絡んだことがわかった。それではあの行方不明になった書類と伊藤博文の動機は・・・・。
・二尺ほどの麻紐を取ると、中央の雨戸の一枚をはずした。その雨戸の桟の受け口に紐の先をぐるぐるととぐろを巻いたように丸めたものを詰め、一端を外側に垂らした。その作業が済むと氏は庭側に降り立ち雨戸をそっとはめ込んだ。すると桟は受け口に詰め込まれた紐のかたまりのためにおりる事ができず浮いたままであったが、雨戸の向こうで紐の先をホック氏が引っ張るにつれて隙間からかたまりはほどけて行き、それにつれて桟が受け口に次第にはまりこみ、ついに全部が収まってしまった。(190p)
・鹿鳴館での戸栗男爵夫人暴行事件=1887(明治二十年)