東京創元社 日本探偵小説全集9
「およそ探偵小説家を以って自負するほどの誰でもが、きっと一度は取り組んでみたくなるのが、この「密室の殺人」事件である。……私も探偵小説家冥利に、いっか一度はこのトリツクと真っ向から取り組んでみたいと思っていたのだが、なんと今や労せずして、それを自分のものにする幸運に恵まれたのだ。してみれば私は、あの恐ろしい方法で二人の男女を斬り刻んだ凶悪無慚な犯人に対して、絶大な感謝を捧げなければならないのかも知れない。(149p)」
作者はこのように述べながら、一柳家の妖琴殺人事件を書き始めている。これと似た密室殺人事件は外国の作品を広く検討したが、あのガストン・ルルーの「黄色い部屋」くらいか。
一柳家は岡山県にある小部落にあり、かって参勤交代のおり、本陣として使われた由緒正しい家柄である。昭和12年、二千坪の敷地には屋敷の他、離家、水車、竹藪などがあり、本家の糸子刀自を筆頭に息子の賢蔵、三郎、鈴子、分家の良介、秋子が封建的な空気の中でともかくも平穏無事な生活を続けている。糸子や良介の反対を押し切って、賢蔵と女学校の先生をしている久保克子との結婚式が迫っている。それにあわせるかのように三本指のうらぶれた男が部落を訪れていた。
さて結婚式がつつがなく終わり、新郎新婦は離家に引き取った。そして午前4時頃、離れでコロコロコロコロシャーン、と十三本の琴の糸をひっかくような音がしたかと思うとつづいてパターンと障子の倒れる音。しばらくするとまたピン、ピン、ピーンと琴の糸をひくような音がしたかと思うとブルブルブルンと空気を引っかき回すような音がした。皆が、折から降った雪を踏み荒らさぬように注意しながら駆けつけ、紅殻で塗りつぶした雨戸を破って入ると、賢蔵も克子もズタズタに斬られて血塗れになって倒れているのだった。そして糸が一本切れ、琴柱が一つなくなった琴!屏風には三本指の跡があるではないか。
足跡は犯人がすべりおりたと思われる足跡のみ、三和土が最後で戻っていった跡はない。外に回ると琴柱、松の木の根本に抜き身の日本刀、松の枝に鎌、穴のあいた竹が見つかる。そして賢蔵の日記が数カ所破られ、ストーブにはそれを焼いた跡、さらにアルバムには「生涯の仇敵」と説明した男の写真が張り付けてあった。証拠をどう結びつけるか。磯川警部は首をひねるばかり。花嫁の叔父銀蔵は旧知の金田一耕助を呼ぶ。
彼は一部始終を聞いた後、ふとしたきっかけで三郎が推理小説愛好者と知って大いに驚く。やがて水車の音に気付く。離れで三郎が斬りつけられる。克子の結婚直前の手紙が公開され、克子はある男と結婚前関係し、それを賢蔵に話したことが分かる。、結婚式の朝できた猫の墓が暴かれ、三本指の手首が発見される。炭焼き小屋から三本指男の死体が発見される。事実が次々に進展し、話が煮詰まって行く。
そして金田一の謎解き!自殺を他殺に見せかけるテクニックが明らかになった。水車の回転とともに、殺害に使われた刀が琴糸に引っぱられ、欄間をくぐってするすると外に出る。屋根上の琴柱と石灯籠に向かう二本の糸に引っぱられる。琴柱が落ちる。石灯籠を経て鎌の刃を渡った琴糸に引っぱられて竹がしなるが、竹が跳ね返る拍子に糸をはじいてピン、ピン、ピーン、最後に糸が鎌で切られてブルブルブルン、抜き身の刀が松の根本にどさりと落ちるという寸法である。
最後に三本指の男は元タクシー運転手清水京吉で、餓死した後手首をスタンプ変わりに使われ、外部侵入者に見せかけられるが、実は関係ない。しかし、記述トリックにまで挑戦した作者は、京吉と克子の死を利用している。
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