異邦の騎士          島田 荘司


講談社文庫

 この作品は、あとがきによると作者の第一作らしい。記憶喪失に陥った者を主人公とする小説には、「ドグラ・マグラ」「僕の殺人」「沈黙の教室」「シンデレラの罠」などがあげられるが、この作品は、記憶喪失それ自体が、犯罪に利用される点が特色になっている。
 気がつくと、私は、高円寺のベンチの上におり、今までの一切の記憶を失っていた。ひどい亭主から逃れたがっているらしい女、良子を救ったことから、彼女と逃避行をこころみ、元住吉のアパートを借りる。自分自身は、工員として働き始める。
 良子のいないときに、引き出しから運転免許証を見つけ、自分は西尾久に住む益子秀司らしいと知り、出かけると、そこには老婆がおり、前住んでいた人は、荒川区九広の住宅に移ったらしいとの話、そこに出向くと、冷蔵庫の中から妻千賀子の日記が出てくる。それによると自分は彼女の亭主だったが、妻はあるサラ金社長山内の車に車をあて、返すべき金を盗まれたりして、社長の女になった、申し訳ないから娘を連れて自殺するというものだった。彼は用心棒の井坂を殺し、さらに山内を狙うが、止められる。夢中でナイフをふりまわすと、良子にあたった。
 この謎を親しくなった占星術師の御手洗潔が解いて見せる。「日記も含めてすべて作られた話だ。山内は、川口の中小企業の親父だが、彼は、妻の千賀子の子の一人が知恵遅れだったことから冷たくなり追い出した。彼らは、東大医学部の秀司を中心に、親父を記憶を失った「私」を利用して殺そうと考えた。(代理殺人)良子に接近させ、過去との接触を断たせ、殺人の記憶を持たせるために、井坂を殺したとの幻影を抱かせた。しかし、途中から「私」を愛してしまった良子は、この計画を発覚させてしまおうと考えた。ところが秀司が、免許証を自分のものとさし違えために話がややこしくなった。」
最後は、私に刺された最愛の良子が死に、私は「西尾久」と似た名前の「西萩」にいたことを思い出し正常にもどる。

 過去と遮断された自分というものに、現代人は仄かなあこがれを持っている。そう言う意味で、この作品は良いところを突いており、場面に登場する人物の悩みもそれなりに良く描かれている。しかし、何となくこういう推理小説は「ハッピーエンド」で終わって欲しかった。たとえば良子は、主人公を救ったが、秀司がこれを利用して井坂を強請った、いろいろあって、最後は主人公と良子が結ばれる・・・・そんなふうにしたかった。

・米の飯なんてついて回るというのにね。蓑虫さんの空中大邸宅か!最高だな!胸に燦然と輝く空き缶で作ったブリキのバッジ、先祖代々伝わる鰯の頭、そんなものを一家団欒で身を寄せ合い、鹿爪らしい議論をしながら後生大事に守っているんですよ。君、おかしくないんですか。(106P)
・記憶のプロセス=1)記銘、2)保持、3)再生、4)想起
・記憶の種類=純粋記憶、習慣記憶(180P)
・クイズは、作るより解く方が何倍もやさしいんだ。作るよりも、解く方が才能を要するなんてパズルはあり得ない。(380P)
・文章修業時代はなかったと書いたが、詩は良く書いた。この体験は後に小説を書くようになって大変役に立った。今でも僕は、美しい文章を書くためには、文章修行をするより、徹底して詩を書く方が有効ではないかと考えている。(408P)

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