情獄・凧           大下 宇陀児


日本探偵小説全集3

情獄
 「到頭、最後の時が来たようだ。牧田君・・・」で始まるこの作品は、恩ある友人と妻を殺し、信州の高原の宿に潜む男の友人へ当てた遺書という形を取っている。M中学学生の頃、実家の貧乏な梶村は、資産家の息子井神浩太郎と親密になり、井神家に学費をだしてもらって東大に進む。しかし井神家は家を守っていた未亡人淑子が卒中で倒れてから暗くなった。そんなとき浩太郎が潤子と見合い結婚したが、梶村は最初から何か潤子に惹かれた。やがて夫婦の間に浩一郎が生まれた。ある時私と夫婦は箱根に行き、温泉の一室に三人一緒にとまったが、夜中、私が風呂に入っていると井神が入ってきた。風呂は二つにわかれているが、湯の中で仕切の石に穴が開いていて湯は通じている。井神は私の真似をしてその穴を潜ってくぐり抜けようとしたのだが、太っていたため抜けられなくなった。そのとき私は一方で助けなければと思い、一方でこのまま死んでくれれば、と思った。結局何もすることなく部屋に戻り、翌日死体が発見された。
私は潤子と結婚したが潤子は妖婦ぶりを発揮し、遊び歩き私といつも諍いをおこした。それが頂点に達したとき、淑子刀自のいる前で彼女は叫んだ。「あなたは人殺しよ!あの時私は寝ているふりをしていたのよ。井神は衣桁にかかっていた自分のガーゼ手ぬぐいを持っていったのに、朝になるとちゃんとかかっている。そしてあなたのそれがお風呂にあったじゃない。」私は潤子を殺した後、淑子刀自にも襲いかかった。
 良く書けていると感じる半面、人生がこんなにドラマテイックにまとまっているわけはない、とも感じる。ウールリッチの「じっと見ている目」を思い出した。(1930.5 34)

 緒方弥一は、頭のよい子だったが家庭は暗かった。父親がやたらと母親に暴力を振るったし、弥一にむやみに厳しかった。ある時奴凧をあげていると母親が「お父さんが奴凧は嫌いとおっしゃるから、武者の凧にし、奴凧はお父さんのいないときにあげなさい。」しかし母親が凧を合図にやってくる俳優の嵐仙十郎と親しいことを発見した。ある夜、父親が何者かに刺殺された。嵐が一時疑われたが、犯行時刻、浅草都座で「矢の根」の五郎に扮して出演しており、アリバイが成立、事件は迷宮入りになった。
 その後、母と嵐は結婚したが、弥一は新しい父親が好きになれず次第に悪くなっていった。十九の年、若宮竹吉という俳優が尋ねてくるようになり、父親が急に元気がなくなった。そんなとき奴凧をみてふとひらめいた弥一は若宮を訪ね、あの時五郎役を若宮が代演していたことを聞き出す。父を殺した仇を取ろうと、勇んで家に戻った弥一だが、夫婦の本当の話を立ち聞きし・・・。
 凧による信号、と言うのはうまいアイデアと感じる。・・・「弥一が・・・・あなたを救おうとしているのです。」カッパとその場に泣き伏してしまった。・・・作者の芝居に対する知識の深さと、芝居的な感動を盛り上げる終わらせ方に感心。(1936.8 40)
悪女
 高見沢家の女中伊勢は、変な女であった。夫婦に献身的に尽くす一方、いつかその幸せな生活をめちゃめちゃにしたいという欲望を持っている。夫安道の留守の間に、高見沢家に強盗が入り、伊勢を縛り、妻の敏江を威して大金を奪って逃げた。敏江の潔白を知りながら、伊勢は分からないをくり返す。あげく「私は先日の強盗だが奥さんの味を忘れられない。」という偽手紙を送りつける。これを安道が見つけ、敏江をさんざんに攻めだす。伊勢は騒ぎが大きくなり、白状しようと思うが機会がない。とうとうある朝敏江の首吊り死体が見つかった。たまらず伊勢は「奥さんは潔白。あの手紙は私が書いた。」と泣いて刑事に白状する。
 刑事は確認した後「奥さんの遺書には確かにあの強盗と関係しました、とある。するとあの遺書は他人が書いたという事になる。」結果、もともと愛人がいて、敏江に飽きていた安道が、自殺に見せ掛けた他殺を白状・・・。
 伊勢のような心というのは誰でも持っているものだと感じる。「小笛事件」(山本よう太郎が詳しい小説を書いている)が参照され、首の索溝が二重になっていることが他殺の証拠の一つとしてあげられていることに注目。(1937.4 41)
悪党元一
 田代元一は表面は好男子で人に親切なのだが、いったん自己の利益に関することになると極端に非情になる男だった。芝居で言う村井長庵や天下茶屋の安達元右衛門。戦争未亡人の岸梅子と肺を病んでいるらしい娘みどりを助け、敷金までだしてやって安アパートを斡旋してやった。そしてすぐ梅子と関係する。はじめのうち母子は幸福そうだったがやがて田代の裏を知ることになる。田代がみどりをも犯したのである。
 ところが一時はそとにでたものの元の鞘に収まりかけた途端、田代は中風で倒れてしまった。田代の本当の妻は「そちらで倒れたのだから、こちらは引き取らない。」とつれない。母娘に新しい仕事に口が見つかったが、中風は何とかしてくれないと、との条件。とうとう二人は田代を殺そうとするが・・・。
 田代のような悪党は世の中には非常に多いと思う。最後は江戸川乱歩の「芋虫」を思い出す。本当に人間は他人のために自分を殺す気持ちになるものだろうか。(1952.4 56)
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