創元推理文庫
1995年夏、井摩井美術館の矢部直樹は、企画した「新潟作家の軌跡展」の中で、S嬢なる作品を見つけるが、彼女は自分の妻を彷彿とさせた。画家は東条寺桂、ところが調べてみると東条寺は1981年に自殺していることがわかった。彼の描いた絵画はほとんど失われていたが、100号の大作が2枚残っていた。
<殉教>は前掲に椅子に座った女学生のような女とその足に接吻する修道士風の男、後景に長椅子に座ってその様子を眺める赤い服の女を描く。そして3枚の画中画。<車輪>は前掲に木の大きな車輪に赤い紐で逆さにゆわえつけられた全裸の娘、それに背を向けるように考えこんでいる女、後景にぎろちんとそれに首を突っ込もうとしている女を描いている。何を意味しているのだろうか。
調査はやがて1976年に起きた二重殺人事件に行きあたる。雪の夜桂の義父豪徳二と東条寺桂に絵を教えていた佐野美香がほとんど同時に殺された。事件の顛末は、東条寺の遺書らしきものによれば以下の通りだ。
パーテイの後、眠りについたが、突然一階廊下奥の浴室で叫び声が聞こえた。最初の悲鳴が聞こえて二、三分経った後、短い悲鳴が二階の隅から聞こえた。浴室に飛び込む。いつの間にか泊まり客の三人の男と一人の女がいた。浴室をのぞくと豪徳二が胸を刺されて死んでいた。凶器は見つからない。浴室には河野医師がドアを壊して入ったというから密室だった。
次に二階の佐野美香の部屋にドアを壊して入る。佐野がナイフで喉を刺されて死んでいた。窓が開いていたが外は一面の雪、犯人が逃走した様子はない。密室は意図的に作られたものだろうか、いづれか一方が他方を殺して自殺したものだろうか、それとも第三の犯人Xが二人を殺したのだろうか、もしそうなら犯人はどのようにして現場から立ち去ったか、これがこの作品の主題である。
作者自身の手になる<殉教><車輪>などの絵がついており、それだけで面白いと思われ、同時に作者の意欲を感じた。話のもって行き方も上手で、図像学とからめたところ、何かを感じさせる絵画など素晴らしい。しかし純粋に推理小説として考えるとやや問題があるように思えた。
すなわち主題の答えは、かなり無理があるように見えた。それより気になったのが殺人動機、豪徳二の方はともかく、佐野美香の方は「理由はない」と開き直ってしまっているから困ってしまう。
011223