鏡の中の殺人者(代言人落合源太郎の推理) 和久 竣三


新潮文庫

 明治十年春たけなわの京の町、呉服問屋「山幸」の主人の女で美人と評判のお加代の家から出火、焼け跡から陰部を切り取られたお加代の無残な絞殺死体が発見された。切り取った陰部を所持していた少し頭の足りない大工の九兵衛が逮捕されたが、彼は殺人放火を頑強に否定した。ここに裁判となり落合源太郎が登場する。
 源太郎は正論を述べ、裁判官と検事に真相追求を迫るが、代言人など、ひどく低く見られていた時代、彼らは落合の非礼を怒り、法廷侮辱罪で投獄する。一方で犯行当時外国人クラークが犯行現場を訪れていたこと、南無阿弥陀仏の文字が浮き上がる魔鏡が亡くなっていたことがわかる。
 解放された落合は代言人川村の助力を得て、クラークの出廷を執拗に要求、ついに新島襄の助力を得て成功する。ところが彼の言う真実とは・・・・
「実は私はお加代殺しの犯行現場に居合わせたのです。犯人は九兵衛を逮捕した校倉警部補です。しかしつねづね魔鏡がほしく思っていたので、その代償として沈黙することを誓ったのです。しかし新島先生との相談の結果、真実を話すことに決めました。」
 なお出火の原因は魔鏡にあたった太陽光線がひきおこした自然のいたずらであり、九兵衛が死体損壊後に起こったものだった。
 個々の話を考えてみると、お加代を見てムラムラっとした校倉の行動はわかるにしてもお加代の陰部を切り取った九兵衛の行動、お加代の九兵衛に対する考え、魔鏡による出火はできすぎという感じは否めないと思う。しかし一方で和久竣三の作品はいつも新しい試みが見られ。面白い。この作品も明治初期の風俗、警察、裁判所、代言人の立場等が良く研究され独特の雰囲気を醸し出すことに成功している。また当時の外国人の取り扱いについても興味深い。お薦めの一遍である。


・その当時の刑法は、前近代的な復讐主義で貫かれ、人を殺した限りまず死刑。普通の殺しかたなら無期徒刑というふうに「目には目を」の古い法原則を採用していたのである。(45P)
・寺の境内の池の面に太陽が反射して、本堂の紙障子に引火し火事騒ぎが起こった。(255P)

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