鍵のかかる棺          森村 誠一


角川文庫

 荒川沿いの堤防で扼殺された若い女性の死体が発見された。東京ロイヤルのホテルマン山名真一は客の長良岡公示に恥をかかされるなど鬱屈した生活を送っていた。死体の女性は中条希代子と断定されたが、山名にとっては、日頃優しく接してくれた宿泊客であった。犯人に激しい憎しみを覚え、自分の手で捕らえたい衝動に駆られた。
 事件について訪ねてきた東都新報記者深谷克美は、山名に秘密のフィルムを預けたが、ホテルで刺殺された。暴行されたため止むを得ず刺したと細川清恵が自首してきた。妖しいと感じた山名が同僚の佐々木と交代で細川清恵のマンションを見張っていると、佐々木に恥をかかせたホテルの支配人久高光彦とお飾り社長前川礼次郎の妻容子が出てきた。そしてその車の上に細川が落ちてきて死んでしまった。フィルムを調べた山名と佐々木はそこに久高と容子の情事の現場が写っている事を発見し久高を強請始める。
 話はこの後、山名と佐々木の犯人追及、久高と謎の人物の暗躍、やがて明らかになる久高とその命を受けて動く水島の暗躍などがホテルでおこるようようの事件と共に進んで行く。
 総理も出席した大結婚披露宴で、要請に応じ第二受付を作るが、見事に金を持ち逃げされる事件、佐々木がホテルに宿泊したブリギッドなる女性をくわえ込む事件、山名が深谷の婚約者だった麻野有紀子をホテルで襲う事件、機械室を占領して毒ガスを撒くと驚かされ、売上金を要求されるホテルジャック事件、ホテルがスワッピングパーテイに利用される事件、新婚の妻が待つ部屋に夫を取り違えて入れてしまう事件、キャンセルの手違いで客室係と食堂係が残飯を食わされた上、大乱闘を演じた事件、佐々木ののぞき事件等々、さすがにホテルマンだった作者と感心させられる書きぶりである。
 フィルムで問題なのは情事の現場ではなく、長良岡の肝いりで呼んだA国ブルーソーの中条殺害現場の写真だった。やがて水島が殺され、久高、前川が放逐され、話は次第に長良岡公示とその指示によって動いている榊原正吾に移って行く。彼らはまた自分らを追いつめる者をたぐって行くうちに山名にぶつかる。山名を捕らえ、証拠のフィルム等を回収し、処分しようとエレベータに乗ったとき突如の大地震、とうとうエレベータの中に閉じこめられてしまった。

 次々に事件が起こりすぎるし、地震だの停電だのおこりすぎる嫌いもあるが、非常に良くできたホテルエンタテイメント小説。捜査はもちろん警察が主体なのだが、山名が知り得た情報を「市民探偵」と称して警察にたれこみ、それが一定の効果をおよぼすところは面白いと思った。

・組織に働く人間の敵意や憎しみの小ささを組織を離れて初めて実感した。そのときは、自分の死活間題におもえたものが、所詮は「一社」という小さな世界の中での、餌の奪い合いからはじまった争いにすぎない。(上164p)
・幸福を測る尺度が、精神から物質に移行しているのである。親が満足できる結婚であれば、当人同士の気持ちなどどうでも良いという場合がおおい。そして事実、「安全」という点においては、親が選んだ縁談のほうが、永続率が高い。(上314p)
・生き甲斐とは、それ以外のいかなる生き方も考えられないような生き方のことだ。(下73p)

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