講談社文庫
年の瀬、四谷の雑居ビルで放火と思われる火事があった。焼け跡から日伸警備保障ガードマン土屋昌利二十六歳の死体が見つかった。睡眠薬を飲んでいたので自殺の可能性もなくはなかったが、捜査にあたった一課殺人班の中村吉造はひっかかるものを感じた。住んでいたアパートを捜索すると、姿を消した女がいたことが分かった。
女が証拠を消していたために、苦労したが彼女が「カンコ」あるいは「ユッコ」と呼ばれていたというわずかな手がかりから越後寒川の出身の渡辺由紀子であることが分かった。彼女は東京に出て職を転々とし、結婚の約束をした土屋の元から姿を消した後、神楽坂の布袋屋という呉服問屋に隠れていた。しかし問い詰めると、彼女には火災発生時に明らかなアリバイがあった。
赤坂のホテルで、虎ノ門のニットービルで相次いで放火事件が起こった。その後に残された東亰なる文字を書いた紙片。かって東京は東亰と書いたこともあったが、事件とどう関係するのか。神楽坂の商店主を中心に薦められている「飯田堀埋め立て反対運動」と関わりがあるのか。
渡辺由紀子の居場所を突き止めるために協力してくれた友人の井比敦子が自宅アパートで殺された。由紀子と関係のある何者かが口封じをしたのか。
由紀子と布袋屋の若旦那が結婚することになり、結納が行われたが、暴漢があれ込んだと言う。放火はかって見付御門のあった場所に沿って進んだ。いづれも密室から発火している。暴漢を犯人と断定し追跡したところH大学生で由紀子と腹違いの兄弟にあたる菱山源一と分かった。
由紀子が菱山を使って起こした犯罪ではないのか。菱山の犯行声明が出され、今の東京はコンクリートの塊だ、昔の東京に戻せと言う。中村は、次の犯行場所を予測し、部下と共に菱山が現れるのをじっと待つ…・。
田舎から出てきた貧しい少女が、索漠たる都市の中で、必死に這い上がろうとする心情が良く理解できる。由紀子の行動について中村が感じる次の記述は印象深かった。
「中村は昔から、どうしても忘れられぬ言葉がある。それはある女の犯罪者が彼に言ったことなのだが、「人間と女とは違う」というものである。「人間として正しいことをする」と言うのと、「女としての正しいこと」と言うのは少し違う……自己弁護だ、犯罪者に堕した自己を正当化しようとする言動に過ぎぬ、とそう一概に言いきれぬ要素が彼女にあった、と思う。」(365P)
「女は一人の男への愛情に生涯をささげるもの、などと言うのは、男の身勝手が作り上げた神話なのかも知れぬ。」(同じP)
放火が「遅動発火装置」を使っているらしいことは容易に推定が付く。しかし折り畳み傘が氷の留め金の溶解と共に開き、その時セットしてあるマッチをこすり、発火するという仕掛けは面白いと思った。
推理小説は優れたトリックのほかに滑らかなストーリー展開とそこに蠢く人間の姿が描かれてなければいけないと思う。そういった点で叙情性ゆたかな優れた作品である。「占星術殺人事件」と並んで作者の代表作品と思った。
・ 山の手と下町の話(55P)
・ 見付御門の話(337P)
・東亰の話(212P)
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