唐獅子源氏物語    小林信彦

面白くてときどき腹の皮がよじれた。
主人公は<不死身の哲>こと黒田哲夫。軽薄なるマスコミが<仁義なき戦い>と名づけた、いわゆる広島抗争の数少ない生き残りである。現在は大阪ミナミの二階堂組組長。二階堂組は西日本を支配せんとしているあの須磨義輝ひきいる須磨組の傘下にある。私たちの当面の敵は島田組、反須磨組を旗印とする団体の一つであるが、このところなりを沈めている。

私は忙しい。一つには二階堂組が、本家・須磨組の社内報「唐獅子通信」の編集をひきうけていること、もう一つは本家大親分の一風変わった性格による。
登場人物は坂津市にすむ須磨義輝、子分のダーク・荒巻、知識人風の原田、学然和尚、島田組組長島田清太郎、物分りの適当にいい栗林刑事・・・。

新しい刑事部長が赴任し須磨組をつぶすと公言している。大阪府警捜査4課には<須磨組取締指揮本部>ができた。私は須磨義輝に「ここは忍の一字だす。うまいこと、用をこしらえてお宅を留守にする。あとは県警の好きにさす。」と勧める。「貴種流離譚、いいまして身分高く生まれた人が、生まれから来る気高い性格のゆえに、運命にもてあそばれひどい目にあう。こういう定型があるんです。日本人の好む物語の典型です。その代表的人物が光源氏だす。源氏は弘徽殿女御に攻撃され、先手を打って流罪でも宣告されたら大変と、須磨に退去します。大親分もここは光源氏になったつもりで・・・。」と須磨に一時疎開をさせてしまう。
唐獅子源氏物語はこんな風な発端で始まる。

「何という帝(みかど)の時代でございましょうか。日本各地に数多(あまた)の親分集が割拠している中に、ひときわときめいている方がおられました。」
後は源氏物語の須磨、明石、松風、篝火などをパロデイ風に思い切り大阪弁で描くが、女遊びなどやめられる親分ではない。和歌までもじりをくわえて登場。
しほたれてだらしないぞよ松風に としたちかへりなげきもぞする
「しほたるることをやくにて松島に としふる海女もなげきをぞ積む」のもじりですが親分は「なんじゃい、これは?」ダーク・荒巻だけが「松島いうたら、遊郭にきまっとるわい。・・・・立たなくなった男の嘆き節よ」などと浮かれております。
後は読んでのお楽しみということになるが、本書にはほかに唐獅子ストーブリーグなど6編が載っている。

面白い、と感じたのはまず「唐獅子レイダーズ」
須磨組大親分の話は「わしは赤道直下にあるタロホホ王国の国王アンビンコ8世と親しい。彼が言うにはヤマタイ国は実はタロホホ王国の領土内の島にあるらしい。その島がわかり次第アンビンコ8世はその島をわしにくれるそうだ。」そこでその島を明示する地図を探して行っててくれ、ということで、私はダーク・荒巻、原田をてれて出かけると、いつのまにか学然和尚が合流し・・・・・・。

もう一つは「唐獅子料理革命」
須磨義輝はアメリカで甘え放題の生活をしていた御曹司安輝を跡目に据えようとするが失敗、安輝もあきらめて心斎橋にニュヨーク・カルチャー・センターを開くことにした。ところが安輝がフランスかぶれの鹿取澄子ことカトリーヌさんと結婚した。彼女は和食とフランス料理の融合をめざす料理研究家。おかげで組のものは「おまる」などと汚い名前のついたザリガニなどとんでもない料理をくわされることに・・・・・。

最後に一言、しかしハチャメチャを書くのも実は大変な努力がいる。田辺聖子の評によれば「唐獅子源氏物語は谷崎源氏の口吻をそのまま取り入れている。・・・・ここまでよく噛みこなして使われていると、読者としてはうれしくてたまらない。一語一語に原典の臭味が躍動して楽しまされた。」とのことである。

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